政権交代と大政奉還2010

 フォークの王様=吉田拓郎が心身ともに元気を失い、長期低迷気配を漂わせる(影が薄くなる)一方で、フォークの神様=岡林信康の精力的な活動ぶりが目立つ。数年前まで、岡林は情報すら得にくく、「ミュージックフェア」「情熱大陸」「SONGS」を梯子する時が訪れるなんて考えられなかった。逆に、拓郎がここまで沈黙することもなかった。
 
 日米の政権交代にシンクロして、日本フォーク界でも王様から神様への政権交代、より的確には大政奉還が起きている、と見ることができる。
 
 1971年8月の全日本(中津川)フォークジャンボリーにおいて、岡林はメインステージで商業主義粉砕を叫ぶバカ左翼に議論を吹っ掛けられ消耗。一方PAが故障したサブステージでは、拓郎が「人間なんて」を長時間絶叫して一躍脚光を浴び、表舞台に躍り出た(最初の政権交代)。
 
 その後、拓郎は名作、その名も「元気です。」を発売。ライナーノーツには「僕はやっぱり元気なのです」「フォークシンガーになんかなりたくないのです。だって僕はもっと自由でいたいし・・・」とフォーク界の窮屈さを糾弾。その後もレコード会社を興したり、大規模野外コンサートを実施したり、女性3人と結婚&離婚したり、文字通り時代を席巻し、好きなように生きた。時代と寝た女が山口百恵なら、時代と寝た男は吉田拓郎であった、と言えるだろう。
 
 一方の岡林は、'71年7月の「狂い咲き」(日比谷野音)および上記ジャンボリーを最後に寒村に引き篭もり農耕生活=事実上の休眠生活入り。ボブディランへの傾倒から生まれた傑作「金色のライオン」などをポツポツと出すものの、人気・活動量とも急降下。自らの作品の著作権を裁判で勝ち取り、発売を認めない等の強い対処により、見事に過去を封印した。
 
 そして、溜めに溜めること40年近く。ディスクユニオン矢島氏の求めを契機にダムを一斉放流。6社に跨る34アルバム41枚を一挙復刻&発売。もし08年7月NHKホールにおける「溜めて置くもんですなあ」とのジョークが「次は紅白でお会いしましょう」とは違って本音なら、凄いマーケティング戦略家とも言える。ま、神様の場合、気まぐれに過ごしていたら自然とそうなっていた、という解釈が自然でしょうが。
 
 メンタル面の高低バイオリズムで、今後を分析してみると興味深い。ダウナー期が長かった岡林神様は、5月から初の全国ツアーに出るように、今後寿命の尽きる辺りまで意気軒高で、そのうち中津川でエレキからエンヤトットまで繰り出し、当時のエセ左翼諸氏に総括を迫る可能性すらあるか?。そして、美空ひばり繋がりの今や、紅白出場は冗談じゃないかもしれない。
 
 一方で、ハイ期の長かった拓郎は、下手をするとこのまま生涯を閉じかねない。だからこそ、今のうちに拓郎初のピュア・フォークアルバムでズバリ「拓郎の魂」とでも名付けるべき「午前中に・・・」を聴きながら(拓郎と)共に涙しよう。心中で「痛みに耐えてよく頑張った。有難う」と唱えながら・・・。

以  上