大塚まさじ(ディランⅡ)編

 第7回は、'03年10月、幻化していた2枚のアルバム「ラブコラージュと屋上のバンド」が合体発売され、漸くその全貌が顕わになったこの人。ザ・ディランⅡ&大塚まさじです。
 ご存知のように、ザ・ディランⅡ(セカンド、と読む)は、大塚まさじと永井ようのデュオで、オリジナル・ザ・ディラン時代の西岡恭蔵が時々サポートに加わっていました。恭蔵さんの才能も去ることながら、同グループの中核は何と言っても大塚まさじ独特の粘り着くようなボーカルに有るので、大塚まさじの歴史を振り返る際にディランⅡ時代から纏めるのは自然なことと思います。
 ディランの語源は、フォークの神様ボブ・ディランにあることは当然ですが、その名に因んだ、大阪は難波元町のコーヒーハウス「ディラン」(大塚まさじが雇われマスター)に拠っています。ディランと言っても、岡林信康等が受け継いだストレートなメッセージとも友部正人が体現したヒリヒリ比喩とも違った、内省的で寓話然とした少年や男のロマンを歌い、フォークと言うよりジャズやシャンソンに近しい香りがします。決してスターにはならない、太陽より月、夜や陰のような存在とも言えるでしょう。
 音楽的にも、米国におけるザ・バンド的な、高いものがありましたし、春一番における活躍や果たした役割の大きさは、トラウム兄弟などウッドストック派(69年のフェスティバルではなく)に比肩されると思います。「大塚まさじは顔で歌う」と言われる独特の歌唱法は好悪が分かれますが、一連の夜の街歌は「まだ会わぬ友」と本人が歌ったトム・ウエイツと通じるものがあり、関西系最強のボーカリストであったことは間違いありません。はっぴいえんど→ティンパンアレイの東京系最強ボーカリストが小坂忠で、サウストゥサウス→ソーバッドレビュー系のそれが大塚まさじだった、と考えれば分かりやすいような気も・・、してきました。

 

1.遠い昔ぼくは・・・('76年作品)
・ベスト1は結局この1枚。大塚まさじの記念すべきソロ第1作であり、満を持して溜め込んでいたということか、タイトル曲「遠い昔」をはじめ、「アフリカの月」「うた」など、その後も長く歌い継がれる代表曲がぎっちり詰まった名盤です。
・発売当時、ディランⅡ(「SECOND」などの乙女チックなのも好きな)ファンだった若かりし私としては、けだるく、ブルージー、大人っぽ過ぎて「何だか変になっちゃったな」と思ったことを懺悔します。実際にはここを起点とする4連作→「風が吹いていた」→「海と空 月と闇」→「STREET STREET」こそが偉大で豊潤な大山脈でした。

1)天王寺想い出通り
・大阪はミナミ、天王寺界隈の暮らしや、男と女の出逢いと別れが尋常ならざる濃さで、しっとりと歌い込まれた稀代の名曲です。「小便くさいプラットフォームが 道の下にある・・」と始まるだけで、妙なリアリティと(素直に)匂い立つものがあり、ポップスとしても超一級と言えるでしょう。細野晴臣御大のアレンジ、石田長生のギターも共に絶品です。

2)こんな月夜に
・まさじと「月」は、実に相性が良いと言うか、月の登場する歌は数知れず(あたかも加川良における「夜風」の如し)、ご子息にも「月」(余談ながら我が家の一人息子と同学年)と名付けたほどですが、この曲はその極め付けのように、ロマンティックな月と君(愛)の歌です。

3)港のはなし
・この歌を女性の前で歌うことは禁物です。「港町に下痢のような雨が降る・・」で顔をしかめれられ、「いくーら優しくても女はいつも病気・・」で怒られること請け合いです。さて作詞は、友部正人。思わず納得と言うべきか。私としては、田川律さんの「うた」(志が好き)やKUROの「アフリカの月」をさて置いて本曲を選出したことに後悔は無い、と言っておきます。

 

2.きのうの思い出に別れをつげるんだもの('72年作品)
・何と言っても、全ての源流となるディランⅡのデビューアルバム。かつ、初期の代表的な名作が詰まっています。でも、単にそうした歴史的意義を越えた不偏的な魅力が、このアルバムにはあります。こうした作品が72年同時に制作されたことは、一つの奇跡であり、アメリカで言えば、ビッグピンクにおけるザ・バンドの活動に匹敵するでしょう。そう、このアルバムの奥底には、米フォーク・ロックの名盤「ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク」と通底するコンセプショナル、スピリチュアルな何かが流れています。最初に聴いた時は、それが何だか分からないけど、なんとも不思議な世界と演奏、と感じたことを鮮明に覚えています。

1)男らしいってわかるかい
・まさじ流解釈によるアイ・シャル・ビー・リリースト。シングル盤では、名曲として名高いあの「プカプカ」のA面で、「男らしい」の意味深い味わいがあります。ディランの原詩をここまで変えてしまうイマジネーションと勇気に感嘆。はっきり言ってその世界観は、囚人の解放期待を主テーマとした原作を凌駕していると思います。
・なお、本HPにおける調査室「私のこの1曲」で、この作品が見事第1位に輝いたことも記憶に新しいところ。ベスト盤「夜の魚」では新録が聴けましたが、「恭蔵&KURO追悼コンサート」でのライブ音源発売を熱望!です。

2)サーカスにはピエロが
・あの頃の愛唱歌としては、嵌りすぎる程の傑作でしょう。「この道を最初に来た君と一緒に旅に出るために」峠の上に座っている、という主人公が「サーカスにはピエロが付きものなのさ だって昨日の思い出に別れを告げるんだもの」と歌います。学生紛争に挫折し、深い喪失感と将来への不透明感の中で、サーカスやピエロに仮託した何かが、今でも?共鳴するのです。

3)さびしがりや
・他の曲、「君の窓から」や「うそつきあくま」なども粒揃いですが、この歌の寓意性は特に優れています。「でも愛の無い石切場では キスはやめときな」「君の見せてくれたはずのものが ぼくには見られなかったんだ・・」と。後のアルバム「風が吹いていた」で再演されています。
・アルバムの最後に、元祖ボーナストラックとして密やかに埋め込まれた「満鉄小唄」にもしびれました。
・有名過ぎる「プカプカ(みなみの不演不唱)」は、敢えて入れませんでした。こればっかりではありませんから。それにしても、「プカプカ」と「雨が空から降れば」(小室等)と「一本道」(友部正人)と「追放の歌」(休みの国)のどれが最も名曲かと(深夜放送や校庭で)論争していたあの頃が懐かしいです。と言うか、レベルが高かったんだ、と勝手に再確認。

 

3.STREET STREET('80年作品)
・今回一連のアルバム群18枚を聴き直す中で、チャレンジングにベスト1にしようと思ったほどに再評価の1枚(ただし、「風が吹いていた」「海と空 月と闇」との比較感は実に悩ましい)。タイトルが暗喩している訳ではないだろうが、STRAIGHTなロック盤で、レイジーヒップをバックに、うねるようなリズム&ブルーズが炸裂しています。

1)エピソード
・「彼は笑ってたが デリケートだったんだ だけど笑うのが嫌いだったんだ」といったテーマ設定の後に、「こんなエピソードが彼にはある・・」と描かれる弱く愛すべき男=それは誰しもか、の、いくつかのエピソード集。02年の春一番コンサート、雨の中、チャールズ清水のピアノだけで唄われたこの歌が心に沁みました。

2)メトロ
・「METROに乗ると 気分が休まるよ みんな俺と同じ 顔をしているからさ」「人生はだらだらと 続いている冗談なのさ そうさそれも飛び切り たちの良くない奴さ」。こんな気分に共感を覚える都市生活者は、多いのではないでしょうか。地下鉄に乗るとこの歌が頭をよぎります。

3)運命を変えるんだ
・寒い冬の日に生まれた女と春の始まりの日に生まれた男(二人は夏の終わりに出会う)の、前向きでストレートなラブソングを、「運命を変えるんだ! それにはちょっとした努力がいるんだ 運命を変えるんだ! それには自由で逞しい心がいるんだ」と、ちょっとひねって素敵な歌に仕上げています。

 

4.風のがっこう('95年作品)
・最近の作品からは、「風のがっこう」。長い歌の旅を重ねながら、三浦半島森戸海岸に居を構え、月君、みわさんと3人で暮らすマイペース生活が定着した頃(04年現在は大阪に転居)の、年輪と余裕を感じさせ、それまでの作品群とは明らかに色彩が異なります。神戸や葉山に捧げた作品を含め、自然や人々の日常生活や子供達の未来を伸び伸びと称えた公義ラブソングが多く納められています。
・バンドスタイルの最新作「一輪の花」('00年)も音の良さは際立ちますが、パニック障害のせいか、まさじさんのボーカルが苦しそうなのが気がかりです。

1)風のがっこう
・北海道はサロマ湖に近い常呂町に実在するという「風のがっこう」。まさじの長い歌の旅、その積み重ねのハーヴェスト(収穫)とも言うべき作品。自然の尊さや暮らしの安穏を、あったかく、さらっと歌い上げます。「風は今日も吹いている 雲に波に草に・・」ウォン・ウィン・ツァンの奏でるピアノの音色がこのアルバムの風格を規定しています。

2)一人旅
・これも長い旅の途中で生まれた歌。「何処にいても同じなら輝いていたい」「何をしても同じなら好きなことで生きたい」との自然体の人生観が歌われ、「今夜どこの空の下 誰に会えるかな・・・君に会えるかな」と結ばれます。

3)遠い空の下
・明るくポップな感じの一曲。南の小島、粉雪踊る北国、菜の花咲く道、何処に居ても「遠く離れて想う人」(息子か妻か、はたまた・・)に対し「今頃一人で何してる 君から一番 遠い空の下」と歌いかけます。コーラスの亀淵友香+金子マリもお馴染みで嬉しいですね。

 

5.風が吹いていた('76年作品)
・「遠い昔ぼくは・・」の後、さらにブルージーな路線を、石田長生中心のいくつかのユニット(バンド)で追求した作品。「淋しがりや」「茶色い帽子」といった初期の作品も、より重量感を伴って再演されています。
・長年愛聴し、ベスト1かと思っていた「海と空 月と闇」は、今回改めて聴き比べて、思い切って落としました。名著「ラブゼレーション」で田口史人氏が指摘した難点(カラオケ的で血が通ってない演奏)も確かに気になります。ただし、「満月を待つ女」と「海と空 月と闇」は名曲、と書き残しておきます。

1)十月のある木曜日
・「天王寺想い出通り」の続編とも言われ、国府輝幸のピアノと石田長生の幽かなギターが素晴らしい作品です。「今日も何一つ唄い出せず ただ夜がふけて行くだけ・・」と結ばれる、青春期をとうに過ぎたであろう男の焦燥感・寂寥感や絶望感が怖いほどリアルに歌い込まれており、ゾクッとさせられます。

2)北の果て行き特急列車
・古いしがらみを切り離し、大阪を出て北の果てに旅発つ姿を描いた作品です。「久し振りに笑った二人 海の見える北の朝に」「今目の前に見えるのは 雪と太陽 そして君」の君は、もしかして男でしょうか(深読みし過ぎ?)。バックは、北海道出身のスカイドック・ブルースバンド。

3)果てしなき旅(旅する連太)
・大塚まさじの歌の旅も、この頃はこんな心象風景だったのでしょうか。「今日も出かける あてのない明日への旅に でも辿り着ける場所があるとは思ってない」「ただ流れることだけが 彼の命」。・・・そういうことかもしれません。関西系強力バック陣による演奏にも迫力があります。

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 大塚まさじを「全く知らない」or「アルバムを1枚も持っていない」という方には、'02年初に出されたベストアルバム「昼の月・夜の魚」がお薦めです。「ディランⅡの全体像を」という方には、ラストコンサート・ライブ「時は過ぎて」もベスト盤で良いでしょう。そして、もちろん、その先に盟友=西岡恭蔵や、アメリカはザ・バンド&ディランの世界に立ち還って行く旅もなかなかに素敵なのではないかと思います。
 次回は、その西岡恭蔵、今は亡きゾウさん、が有力です。

<04年1月記>