いとうたかお編

 ベスト選・人物編の第26回目は、そうだこの人が居た!。「フォークの正統派」いとうたかおである。知名度は低いかもしれないが、高田渡を「ザ・フォークシンガー」とするなら、「2代目高田渡を襲名したい」と公言している金森幸介や、実子の高田漣を差し置いて、この人こそが正統な後継者かもしれない。

 ご存知?の通り、フォークが売れ始めた70年代初頭に、「あしたはきっと」という後のスタンダード(愛唱)曲を作り、これが加川良の目に留まり、ついには高田渡3部作の中でも文学色が強い「系図」のラストを、本人の歌唱で大抜擢されたことで名を上げた。
 
 死刑囚の詩を歌うなど、全体に重苦しいアルバムである「系図」の最後に、高田渡が何故明るい(能天気とも言える)この作品「♪あしたはきっと帰るんだ かわいいあの娘の住む町に♪」を、しかも本人の歌唱で入れたのか、不可思議な面もあるが、それだけ、この歌こそが「フォークソングの元祖&未来だ」と評価したのだろう。後にも「日本のシンガー・ソング・ライターと言ったら、イトウ君だろう」とまで述べている。
 
 高田渡の後継者、とは言っても、その音楽性は遥かに<笑>高い。しかも、年々進化している。この点、多くのフォークシンガーが、歌い続けてはいるが、70年代のピークから退化して来ているのと好対照である。歌詞の内容も、社会への厭世&シニカルな世界観が深みを増している。

*ご本人の著作等から印象的な言葉を引用紹介すると、
・僕の歌は、人を楽しませようとか思う所から生まれて来たのではない
・歌が武器だとは言わないが、武器になったら良いのに、とは思う
・「お前もアーティストだろ」と言われて不快感が全身を駆け抜けた
・フォークシンガーが芸術家であろうはずがない。「生きている人」で十分
・「何のために歌っているか」との問いは「何のために生きているのか」と同義

 ずっと名古屋を拠点に、地道な活動を細々と続けているこの人の作品は多くない。よって、5枚も選盤すると、殆どのアルバムを紹介することになり、拓郎やディランなどに比べ不公平感は否めないが、この際、慣例通りに紹介する。

1.『あの日、ボクらは』(‘12年作品)
・いきなり、コアなファンからは石が飛んで来るかもしれないが、ベスト1は、このアルバムにした。
・近年の作品だが、金森幸介とのジョイント・ライブ盤で、基本的に互いの持ち歌を交換して歌い、片方が絶妙なギター伴奏を展開する盤である。
・私は、現時点で「日本フォークの頂点がここにある」と信じて疑わない。
・以下、いとうたかおの歌唱のほか、同人が歌う金森作品も混じる。

1)「あの日、ボクらは」
・実に素晴らしい名曲、としか言いようがない。人生の真実に限りなく迫った楽曲と言えるだろう。
・「この世に人が 居る限り 全てはふたつに別れると言う」「あの日ボクらは もうひとつの道を 歩き始めたはずなのに」「無分別な神の 無差別な愛が 今日も降り注ぐ」

2)「夜更けの街角」
・優しいラブソング。加川良にも通じる温もりが心に染み入る
・「だからぼくは唄ってあげる いつか歩いたあの夢の国のこと そして君の笑顔が見れたら ぼくの明日なんてもうどうでもいい」「さあおいで ぼくはここに居る 夜更けの寂しさ ぼくは知ってる」

3)「ふたりは」
・元々は、金森幸介と有山じゅんじのコラボ作品である。
・カップルなのか、男同士なのか、とにかく2人は並んで青空や夕焼けや月や星を見続ける、という、人生の絆や一体感を見事に表現した歌。
・「ふたりは 青空を見てた 肩ならべ 青空を見てた ふたりで 青空を見てた 今でも ずっと見てる」「どんなとき どこでも 心が 思いが あふれる」

2.『小さな唄に手を引かれ』(‘00年作品)
・第2位は、比較的最近(と言っても、今確認したら19年前か・・・<笑>)のスタジオアルバム。気品というか風格が備わった高級作品。

1)「夏はまぼろし」
・日本人らしい感性を持った繊細な歌。夏の想い出を描いている点では、吉田拓郎の「夏休み」や井上陽水の「少年時代」と通じるものがあるが、テイストはかなり異なる。
・「ひしゃくの形 あの七つ星 夜空 指差し あの人と見ています」「月明かり 涼しい うちわ風 蛍の光 まくわうり」「あの夏の日 あれはまぼろし」

2)「小さな唄に手を引かれ」
・内容的には、比較的シンプルで、デビュー曲の「あしたはきっと」の大人版か?と、今気付いた。彼のフォークシンガー人生の集大成ではないか。
・「小さな唄に手を引かれ ここまでやって来た 本当のことが知りたくて それだけのために」「本当の自分に会いたくて それだけのために」「素敵な君に会いたくて それだけのために」

3)「小舟」
・この社会からの悲劇的な脱出劇を歌った歌。「俺たちゃ死ぬまで不幸せだろうぜ」もインパクト大だが、最後は「この国を捨てるんだ」という強烈な歌詞で締め括られている。
・「もやいを解いて小舟を出そう 嵐の夜を待って 豊かな実りと地の乾き 俺達ゃ死ぬまで 不幸せだろうぜ」「愛し合ってはいても 嵐の海さ 絆もたやすく 切れるだろう」「仕度が出来たら 行くぜBaby 月に見放された 舟出さ」

3.『BOOKING OFFICE』(‘76年作品)
・第3位は、デビュー2枚目の初期アルバム。ファーストアルバムは今一感があったが、急成長。このアルバムは、名盤と呼ばれながら、長く入手が困難だった。

1)「いきたいところがあるんだ」
・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」や友部の「びっこのポーの最後」を思わせる、のっけから神様から降ってきたような迫力のあるナンバー。この歌だけでも聴く価値がある。
・「お客さん これが最後の取引だ」で始まり「新しいものはやがて古くなる 急ぎの旅でもないだろう」「どこにでもいたよ 今を生きればいいなんて 冗談を言う奴の一人や二人」「それだけが頼りと思ってた 今となっては過ぎたこと 行きたいところがあるんだ」と締める

2)「LOVE SONG」
・実に美しく純粋なラブソング。加川良が「プロポーズ」でカバーしている方を先に知ったが、当然ながら、本家もまた良い。
・「君に会えたら お話したい 見えなくなった 沢山の川のこと それにいつでも 一緒にいてくれた 夕焼けのことなんか」「君がいてくれたらって 唄えるよ この手のひらに 君のほほが 欲しいんだ」「君の声が この走る窓 ふるわせる」

3)「海抜3m」
・リズムとテンポが心地良い、印象に残る歌。ここでも、人生を斜めに見る、というか皮肉屋の傾向が顕著に見られる。
・「どこから来た どこに行く いつでも同じシャツを着て 時には裸で歩いたものさ 当てのないお話さ 未来は道化師の顔をする」「幸せになる秘訣なんて 知ってたって 教えるものか」「もっと 意地悪く 憎らしくなりたい とは思わないかい」

4.『Around The Silence』(‘99年作品)
・第4位は、成熟期に連続的に産み落とされた、いとうらしさ満載のこの作品。

1)「Boy」
・ご本人に息子、は居ない感じ?(愛犬:大介は有名)なので、若者に向けて書いたのだろうか?。歌に一種の警鐘が含まれるのが彼の特徴だ。
・「ひそかな祈りなら きっと届くだろう ボクらはもう夢を 追い越してたんだ」「気を付けろよBoy 光の中を歩けよ ここからは少しばかり 遠いかもしれないが」

2)「沈黙の君」
・悲しみに沈む彼女?に対し「生きるって何よ」と無茶振り質問?をする歌。
・歌の世界観は(他の楽曲を含め)「静かな音楽になった」金森幸介と似ている気がする。
・「悲しみの時をくぐり 怒りの時を見つめ 何も語らないまま 君は座り込んでる」「許してくれるならば 尋いてみたいことがある」「生きてるってことは いったいどんなことなのか」

3)「Friend」
・率直に言って、かなり暗い歌。スローなアレンジと歌唱も、気分を落ち込ませる<苦笑>。
・「のぞいたってダメさ とても深くて暗いんだ やすらかなタマシイの 暗い夜の奥 からだに染み込ませたら もう忘れてもいいんだ」「この世で一番大切なものは あなたのほほえみ」「本当に素敵なことさ 正直に生きるのは 大変だけど」

5.『そうかい』(‘18年作品)
・第5位に、発表されたばかりの最新作を挙げる。より上位に就けるべきかもしれないが、現時点では、聴き込み不足もあってか、評価が難しい。
・アルバムジャケットの毛筆(といって何処だか分らない)が、故:加川良で、1曲目が故:高田渡である。これだけでも正統派フォークファンとしては涙腺が緩む。
・また、今回公式サイトから発注したら、郵便の宛名も中の礼文も、ご本人の直筆で、感激して保管した。拓郎や浜省では、こういうことは有り得ない。岡林なら・・・有ったな<苦笑>。

1)「いつか」
・言わずと知れ、、、てないか?高田渡師匠が、珍しく自ら作詞した不朽の名作である。これをカバーし先頭に配したことで、恩師への追悼とリスペクトを表したのだろう。
・「気がつかないで 通り過ぎていくのが 一番いい 出逢った時が 一番いい」「いつか 目が覚めない朝を 迎える時がくる 永い夜は 短い朝に 逢う為にいるのか」深い!

2)「LOVE LETTER」
・中原中也や瀬戸口修作品も含む本アルバムの中で、いとうらしい歌。
・「美しいものは 人目に付かず 全て貧しく 小さいと 諦めるという訳でもなく ほほえむ人が ここには居ます」
・「生きてることの 意味などはありません 考えたこともありません」「良くない心 生まれたら そっと抱きしめ あやします」

3)「たんぽぽ」
・昔の恋愛をモチーフにしているかと思われるが、かなり諦観した大人の、高齢者向けの歌。
・「行方知れずの夢のこと 知っていたなら 教えてよ」「あの娘が好きだと言っていた 花の名前 何だっけ」「お~い 青い空 お~い 白い雲」

*なお、選外としたが、「チークダンス」という楽曲が「歯抜けて 髪白く 目はしょぼついて 皴多くなり」の奥さんへの愛情を歌っていて、高齢者?ファンとしては、ここまでテーマにするのか、と感じ入った。


 以上が、いとうたかおのアルバム5枚の紹介である。ぜひこれらの殆ど売れたことがない!アルバムを知り、現在の(生き残った)「ザ・フォークシンガー」を鑑賞して頂きたい。なお、「5枚も買えるか」という方には、とっておきのベスト(ライブ)盤「Folk of Ages」がお勧めである。


 さて、この「T’s Selection人物編」、最近は若手の怪物君達に手伝ってもらったりし始めたこともあり、次回は誰になることか?。