風邪をひいて

風邪をひいて二日間も香港Aさんの呪いにかかって高熱の中うんうんうなっていたよ。

そして汗をかいた朝が来た。
高熱にうなされている間、長い長い夢を見ていた。
よく買い物に行かされたコロッケ屋の小母さんやおじいちゃんの愛車だったスバル360、輪ゴムで縛った20円のおっぱいアイスや東京に行く僕を見送って死んだスピッツのテリー。

次から次に思い出しては忘れていった。
石油ストーブに乗せたやかんがしゅんしゅん音をたて、ほかほかした部屋で、僕はふらりと立ち上がったよ。この日になってやっと外を見たい気持ちになったんだ。ガラス窓の曇りをパジャマの袖でぬぐい取ると、目に眩しすぎる、青すぎる空が浮かび上がってきた。体調が悪い間、部屋の中が新聞や雑誌、CDMDが乱雑に積みあがってしまう。わずかな隙間に置いたミルクたっぷりの紅茶の香りをかぐと、生きて呼吸する自分を感じるよ。紅茶を飲むのはまれだから、前に飲んだ時のことが思い出されるよ。
 




 冬の長い陽がいっぱいの坂道であなたとわたしは黙って影をみていたわ
 ああもっといっぱいのミルクティーを飲ませてあげればよかったわ
 だってあなたがそんなに早くそんなに遠くへ行くとは思わなかったから

エンケンのアルバムを聴くのも久し振りだった。

甘い言葉が琴線にびんびん響いてくる。
不覚にも『ほんとだよ』で涙ぐんでしまった。夢の中では楽しい思い出ばかりだったのに、病で仕事に穴をあけて、完全に自分を弱気にしていたようだ。忘れていたことばかりが、あれはまずかったなあという後悔とともに次々思い出して来る。
 
 夜の静けさの中で あまりに静かすぎて 
 木々の梢も泣いているのさ 僕と同じさ僕と同じさ

 君の窓をたたくものがあればそれは風なんかじゃない それが僕だよ ほんとだよ
 
 ほんとだよ…