Bob Dylan編

 人物編も10回一区切り、特別編として「ボブ・ディラン」を書く。「日本のフォークソングじゃない」との声もあろうが、日本フォークへの影響は、ifディランなかりせばその態様はどうなっていたか分かったもんじゃない、というくらい多大で、偉人的な存在であることは間違いない。
 ディランは、今、ブームである。昨年来、自伝や関連本、発掘CD、ドキュメント映画、DVDなどが続々とリリースされ、06年8月末にはNYテロ(9.11に前作発売)以来5年ぶりのニューアルバム(モダンタイムズ)が発売された。
 数年連続候補のノーベル文学賞を取る期待も高まり、20世紀を代表する文化人、60~70年代を代表するフォーキー&ロッカーとして最大・最強の存在であることも疑いない。しかも御歳65才の今日なお、現役パフォーマーとしてネヴァーエンディングツアー(88年~)を続行中である点も驚異的だ。
 私自身は、「学生街の喫茶店」(GARO)の「♪・・あの店の片隅で聴いていたボブ・ディラン」歌詞でその名を知り、拓郎や岡林が尊敬する人、として遅れて知った平均的日本人。その良さが分かり始めたのは大学時代、というよりむしろ社会人になってからだが、その世界は果てしなく広く、鋭く・・・何より深かった。
 とっつきにくいタイプの人、音楽であることも疑いないが、この人を聴かずして人生を送るのは勿体なさ過ぎる。特にフォークファンにおいて、をや。

 Ⅰ.日本フォークへの影響 管理人Hの指令により、先ずは日本フォークとの関係性を追う。
 1.生き方の影響
 生き方の影響、という意味では、やはり岡林信康への影響が大きい。なんせ日米神様同士の関係である。音楽スタイルを目まぐるしく変えたり、寒村(ウッドストックも寒いぞ)に引き篭もったり、演歌(カントリー)に走ったり・・・である。最近はエンヤトットまっしぐらの岡林ご自身「とんでもないことやったっていいと言う勇気をもらった。イメージが壊れて文句言われても自分になれば良いんだってね」と語っている(ディラン有罪?)。
 作品や歌詞の面でも、岡林中期の名作「金色のライオン」など、まるでそっくりな感じの作品も登場する(「物マネ」説まであるが、私は与しない)。 ディランとザ・バンドの関係は、岡林とはっぴいえんどの関係(同士性は前者の方が強いが)にも相当し、フォークからロックへの転進が最もスリリングな時代でもあった。
 2.歌詞の影響
 歌詞の影響、という意味では、岡林以上に、友部正人への影響が大きい。独特の比喩を多用し、難解な中にも真実を抉る様な歌詞、歌詞と言うより「現代詩」的な世界で、ディランに比肩出来るのは、もしかすると世界でも友部くらいなのかもしれない。もちろん泉谷しげるや友川カズキ、三上寛なども、ディラン的なかなりシュールな詞を書いている。
  3.声の影響
 声の影響、と言っても、影響で声が変わる訳ではないだろうが、ディランの声質には独特というか、かつて無い(プロの歌手としては異質な「カエル声」で忌避される原因)ものがあり、「こんな声で歌って良いんだ」と言う自信や「こんな声こそが胸に届くんだ」という認識を、友部正人や吉田拓郎ないし泉谷しげるに与えたのではないか、と思われる。ディラン自身は、アルバムによって最適な声を使い分けることでも有名だ。 初期の友部は「ディランの声は天使の声だった。濁って正体もなく焼けていた」と表現している。
  4.ポピュラリティの影響
 ディランの自伝や伝記的DVDなど見ると再確認できるが、ディランが元々はロックンロールやポップス好きの若者だったこと、その後も結構アルバム毎にバンドを替え徒党を組みたがったり、商業ショー的活動にもアレルギーが無いように見える辺りは、吉田拓郎(やサザン桑田)への影響を軽視出来ない。 そういう意味で、拓郎もまた(岡林や友部と並ぶ)「もう一人の日本のディラン」と言えよう。最近のビッグバンドによる「豊かなる」ツアー敢行志向は、78年に初来日した頃(アルバム「武道館」)のディランに良く似ている。
 5.その他全般的な影響
 音楽や歌の存在意義を高め、ラブソング以外の様々な分野(社会・犯罪・抑圧・解放・宗教、etc.)の歌を開拓し、自分自身の「内なる声を歌って良い」、「自由に生きること自体がカッコいい」といった価値観を教えてくれた、という意味で、おおよそ日本のフォーク&ロックシンガーへの影響は上記以外のアーティスト全般にも大きい。
 現に、同名の喫茶店「ディラン」を開業した後(西岡恭蔵が抜けて)「ディランⅡ」を名乗った大塚まさじを筆頭に、豊田勇造・中山ラビ・遠藤賢司・中川五郎・あがた森魚・南正人・友川カズキなど、その音楽性がディランと直結していないように見られるアーティストを含め、ディランを聴いてプロの歌い手となった旨を告白する向きは、実に多い。

 Ⅱ.ベスト選(アルバム紹介) 上記で管理人の満足を得られるかはさておき、恒例の「5枚アルバム×3曲」選、に突入する。

1.血の轍('75年作品)
 ベスト1はこの1枚。タイトルが表す苦悩の産物、心の奥底や人生の真理を、静謐な作品に結実させたディラン芸術の完成品。人一倍感受性が強いであろうディランが、妻サラとの不仲も含めた人間関係の崩壊や悲嘆を詞と曲に落とし込んだ洞察力の結実。聴き込むほどに滋味溢れるアダルトな(成熟した)フォーキー作品につき、若者やロック好きには(最後まで迷った)第2位作品をお勧めする。

1)愚かな風
 「ライクアローリングストーン」と同種の怒りを、完膚なきまでに過激に吐き出した大作として名高い。何せ直訳すれば「白痴風」である。何がここまでディランを怒り狂わせたのか。メディアやファンの無理解に対する恨み辛みも、実生活の行き詰まり感も、実に深刻だったんだろう。 「白痴風が いつも君が歯を動かす度に吹く 君は馬鹿だぜ まだ息の仕方を知っているだけで 奇跡だぜ」

2)君は大きな存在
 ディランらしい皮肉の効いた失恋歌の一つ。サラとの関係を歌った自伝的作品とも言われる。本人は否定しているが、ベースとなったことは間違いなかろう。こう言いたくなる気持ち、分かるよね。 「君との話は短くて楽しかった 俺は殆ど足をさらわれた そして俺は雨の中に戻り 君は乾いた所に居る 君は上手くやったよ とにかく君の存在は 今や大きい」

3)雨のバケツ
 静かなアコースティックギター弾き語り曲。ディラン通ほど「最高傑作」と評する本アルバムの最後を味わい深く締め括る。「生きることは悲しいよ 生きることは騒ぎだよ 出来ることはしなきゃならないことなのさ しなきゃならないことをするんだよ だから上手くできるんだよ 君のためにするよ ほら分かるかい」との詞の意味も深い。

2.追憶のハイウェイ61('65年作品)
 フォーク・ロックを確立した世界遺産的な傑作。ウッディガスリー的フォークスタイルでデビューし、「風に吹かれて」等の反戦歌的プロテストソングで一世を風靡したディランではあった(し、その価値も高い)が、やはり彼の真価が発揮されたのは、フォーク・ロック期にあったと思う。所謂「フォークとロックをベッドインさせた男」の創造性と即興性が最高のブレンドで発揮された「奇跡の1枚」である。 最高作として紹介されることの多い、大人びた次回作「ブロンドオンブロンド」よりも、若々しくロックが開花する瞬間のエネルギーに満ちた本作を推す。アルバムジャケットからして、クール!。そしてアルバムの冒頭から・・・。

1)ライク・ア・ローリングストーン
 冒頭のドラムとピアノとオルガンとエレキの音が微妙な時間差で鳴った瞬間から、全ての歴史が変わり、音楽(特にロック)がその位置取りを一段高めた、との説がまことしやかに喧伝される。しかし、この歌は、そうした伝説の重みに負けず屹立している。 「どんな気がする? 転がる石のようなことは」との多義的な問いは、いつも聴く者の心を不安定化し、既成観念への安住を許さず、この歌は永遠の生命力を持ち続けている。この歌を聴いて人生が変わってしまった人多数。

2)クイーン・ジェーン
 ピアノにオルガン、そしてギターにハモニカ、美しい演奏のフォーク・ロック作品。「あんたのおふくろが あんたの招待状を全て送り返し あんたのおやじが妹に説明して あんたは自分自身で作り出したものに退屈しているんだという時 会いに来てくれないか クイーン・ジェーン」
 このアルバムは、何のこっちゃの歌詞よりも、演奏と歌唱の一体感を全身で受け止めるべきか。

3)廃墟の街
 最高にロックなアルバムの最後を飾るアコースティック曲。2本のギターが奏でる伴奏、そしてディラン流ハモニカの美しく素敵なこと。
 「知っています 彼らはみんなビッコだ 彼らの顔を並べ替えねばならなくてはならない そして違った名前を付けねばならない 今はよく読めない もう手紙を出さないで欲しい 絶対に ただ許せる差出場所は廃墟の街だけ」

 

3.激しい雨('76年作品)
 ディランの激しさが嵐のように爆発する文字通りハードなライブ盤。ローリングサンダー・レヴューと名乗る旅一座公演(ジプシーショー)の集大成。 当日は実際に雷の鳴る荒天であったらしいが、それ以上にサラ婦人との破局が決定的になったことを含め、ディラン自身の内なる怒りやストレスが、猛烈なエネルギーとなってラフでルーズな演奏と歌唱に発揮された。その「狂気ぶちまけ」的な歌唱の目前(客席)にはサラ婦人も座っていたと言うのだから、あなオソロシ。

1)アイ・スリュウイット・オールアウェイ
 悲壮なラブソング。サビの「愛しかない それが世界を動かしている」は、日本を代表するディラン・マイブーム=みうらじゅん氏もお気に入りのようで、「アイデン&ティティ」などに引用。まるでジョン・レノン的メッセージだが、ディランの方が痛切だ。 「愛、そして愛だけだ それは否定できない だから全ての愛を与えてくれる人がいたら 心して受け取り 逃がしてはいけない 絶対確実に あなたは傷付く筈だ ポイと捨ててしまえば」

2)オー・シスター
 兄弟愛のような、人類愛のような、男女愛のような・・、とにかく大きくて広い愛の歌を、ゆったり歌っている気がする。 「ねえちゃん あんたの腕に抱かれて寝ようと 俺が来る時 他人扱いしたらあかんよ 父があんたのやり方を好むはずがない だから分かるべきだ その危険を」

3)いつもの朝に
 演奏面で、前奏から後奏まで本盤のラフで圧倒的なパワーのハジケぶりが堪能出来る1曲。次の歌詞もホントにあまりの真実が胸に迫るよね。 「君の立場から 君は正しい 僕の立場から 僕は正しい 二人とも あまりにも多くの朝と 1000マイルを後ろにして来た」

 

4.武道館('78年<世界では'79年>作品)
 78年2~3月の初来日を記念して製作されたライブ盤。当初国内限定盤だったが、すぐに欧米でも発売され、欧州では好評、米国では「ラスベガスショー化した」との批判が起こった由。 過去の名曲てんこ盛りのベスト盤的構成ながら、例によって殆どの曲は原曲が分からないまでに解体・再構築(レゲエも)され、言葉の聴き取れない日本の観客は、演奏が終わっても何の曲か分からず、ディランが「今の曲はxxxでした」と説明したというのが苦笑もの。 ディランが苦手と思っている人にこそお勧めのポップ盤で、ディランの歌の上手さと熱心さが味わえる。私自身もディランを明確に意識した頃のリアルタイムアルバムのせいか、正直マイフェイバリット!

1)アイシャルビー・リリースト
 最近の私のテーマソング。唯一ステージ上で演奏した(なんと「生活の柄」と組み合わせたんだが)想い出の曲でもある。 元々名曲との噂は高く、現に岡林神様が73年の大晦日(というか74年の元旦未明)に泣きながら歌っているのを聴いたりはしたものの、公式アルバムに入るのが遅かったこともあって、原曲にアクセスできたのはかなり遅くなった
。 囚人の解放を歌いながら、精神の開放など、自由への希求を美しく強く表現。
  ♪エニイデイ ナウ エニイデイ ナウ アイ シャル ビー リリースト 日本では大塚まさじの魂の名カバー「男らしいって分かるかい」へと昇華。  ♪その時 その日こそ 自由になるんだ

2)いつまでも若く
 ディランにしては簡明な賛美歌のような歌で、自分の息子への思いをストレートに表現。 「正しく育ちますように 真に育ちますように あなたが いつまでも若くありますように フォーエヴァーヤング」 もちろん、この歌詞の重みは60代のディランや40代の私世代にこそ重く響く。

3)時代は変わる
 若者が親(大人)の世代に対し、あんたらの常識は通用しない、と痛烈に批判した典型的プロテストソング。 「息子や娘たちは あんたの手には負えないんだ 昔のやり方は急速に消えつつある 新しいものを邪魔しないで欲しい 助けることが出来なくても良い とにかく時代は変わりつつあるんだから」 若い時は痛快さを感じた。息子の反抗に悩む今となっては・・・、実に痛い。

 

5.ストリートリーガル('78年作品)
 一般的評価は低いが、高品質かつ馴染み易い名盤。ラブソングが多く、ドライブ中にかけてもおかしくない良品。例えばビートルズ好きの人にも聴いて欲しいポップさ加減<笑>。
 来日初公演から帰ったバンドメンバーと一気呵成に録音。音楽的なレベルではこの頃が最高との説も。

1)トゥルーラブ・テンズトゥフォゲット
 真実の愛は忘れがちだ。いや名言・至言。特に失恋の多かった時代に聴いていたので、心に・・・沁みた。
 「君は俺のものだ 疑いもなく 行かないでくれ 裏切らないでくれ メキシコからチベットまで うろつかせないでくれ 真の愛 真の愛 真実の愛は忘れがちだ」

2)イズユアラブ・インヴェイン
 愛は無為で無駄か? これまた強烈なノックアウト・メッセージ。
 「僕が暗闇にいる時 なぜ踏込んで来るのですか 僕の世界を知っていますか 僕の種類を それとも説明しなくちゃなりませんか 僕を僕のままでいさせてください それともいい加減な恋なのですか?」

3)チェンジング・オブザガード
 上記2曲的失恋歌ばかりだと、品質を疑われる恐れがあるかもと、ちーとはディランイメージにそぐう歌を選出。
 アルバム冒頭をフェイドインで飾り、その演奏スタイルと声で本盤の性格を規定した1曲。詞はディランらしい難解さ。
 「16年 16の旗が共同戦線を張った 所は良き羊飼いが嘆く野原 絶望の男たち 絶望の女たちは分裂し 彼らの羽根を 落ち葉の下に広げた」のです。

<ベスト6~10>
 上記は心に素直に選出した結果、自身の聴いてきた年代の問題もあり、片寄りもある。ベストアルバム的なライブ盤を入れることにも迷いはあった。
 何せ、最新作「モダンタイムズ」をもって公式アルバム50作品!だもん。以下に、ベスト6~10を挙げておく。

6.ロイヤルアルバートホール:ボブディラン・ライブ1964('98年)
 ロック史上「最高の一瞬」(ユダ!)を永久に刻んだライブ盤として高評価
7.オーマーシー('89年)
 80年代最高傑作。あのダニエル・ラノアプロデュースで、ディラン蘇生
8.フリーホイーリン・ボブディラン('63年)
 フォークシンガー・ディランの真骨頂。「風に吹かれて」ほか有名曲多数。
9.ブートレグシリーズⅠ~Ⅲ('91年)
 これがまたすごいんだわ。公式アルバム没でも全く低下しない品質に驚愕。
10.タイムアウトオブマインド('97年)
 90年代の最高傑作。声も顔も渋過ぎ。グラミー賞年間最優秀アルバム。

 また、ここに入れられなかった「あの1曲」と言う意味では、日本で最も売れたアルバム「欲望」の最後に収まっている「サラ」は、去り行く妻に「去らないで」と歌いかけた感涙のラブソングである。

 なお、ディラン関連本はビートルズ以上に数多く、ここ数年も相次いで出版されているが、元担当ディレクターの菅野ヘッケル氏を置いとくと、「超ボブ・ディラン入門」「ディランを聴け!!」(なんと全曲を評価・解説)の中山康樹氏の解説が素晴らしく、共感するところも大である。

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 もし本企画の次回を書く日が来たならば・・、斎藤哲夫か遠藤賢司が有力。

<06年08月記>