浜田省吾編

 ベスト選・人物編の第20回目は、大方の期待を裏切り、意外感が高いであろう浜田省吾である。なお、第19回はMr.@を予定しており、諸般の事情から欠番(逆順)にしてある。
 この年にしてハマショーに感染した。NHKのSONGSで最新のパフォーマンスを見たのがきっかけである。遡ってほぼすべてのアルバムを聴き込み、同じく書籍も読んだ。
 この人の良さは、何といっても「バランスの良さ」に尽きる。歌詞と曲と編曲と歌唱。メッセージ・ロックとラブ・バラード、すなわち社会の矛盾への怒りと切ない恋心。国家・社会と家族・個人。疾走と抒情。シリアスとポップ。
 そして、何と言ってもそのセクシーで艶っぽいハスキーボイスが、特に女性には堪らないであろうことは想像に難くない。日本語を大切にした歌唱が、時に哀しく響く。
 多くの歌は10代から20代の青春を歌っており、そういう意味で「恋愛と青春の巨匠」という陳腐な命名をしても間違いない。葛藤する、もがく、怒る、そして恋する若者像を絶妙に掬い上げている。しかし、それらの楽曲の質は高く知的で、十分に大人の鑑賞に堪えうるものになっている。この辺り、良く連想される尾崎豊が、10代で10代の歌を歌ったために壮絶な破滅を迎えたのと異なっている。
 ラブソングの多くは、上手くいかない恋愛や愛の破局であり、そうした哀しい青春の心模様を、琴線に触れるメロディと類例のない歌唱力で歌い上げる。歌のテーマは、純粋なラブソングも多いが、通常のポップスとは一線を画し、お金や仕事、汗や正義、社会問題、憂鬱と疲労、仲間と家族などが盛り込まれている。
 そういう意味では「社会と人生の巨匠」と呼んでも良いかもしれない。人生を歌う、と言う意味では、吉田拓郎の後継者と言えるだろう。アルバムの多くは、独特の問題意識に裏打ちされたコンセプショナルなアルバムである。
 メッセージ・ロックとしては、地方の工場労務者の目線から、社会や国家を批判的に描くことが多い。核問題(核兵器も原発も)に鋭い視線を浴びせ続けていることも特筆すべき点であり、あの忌野清志郎よりも古く、本腰が入っている。またアメリカとの関係を父親との関係になぞらえて、その葛藤を表現することも特徴的である。
 本人は、「歌を作るということは詞を書くこと」と語っているが、本質的には稀代のメロディメーカーであることがその大前提となっている。一歩間違えると歌謡曲に近い軟弱派にも見られそうだが、一貫したポリシーを持ち、きちんとロックしている。本人は「作曲家ではなく、作家ではなく、ミュージシャンでなく、ソングライターだ」と言っている。そういう意味では、男性シンガーソングライターの頂点に立つ存在と言って過言ではないだろう。

1.J.BOY('86年作品)
・ベスト1は、やはりこのアルバムになった。捨て曲のない実にすばらしいアルバムであり、「日本のロックの最高峰」と呼ばれるにふさわしい傑作である。J.BOYすなわち日本の少年が、現代社会の中で悩み、もがき、時にアメリカへの愛憎を織り込みながら青年へと成長していく姿を見事に捉え、永遠の青春ロックアルバムは色褪せることがない。ニッポン人のアイデンティティを追求した問題作でもある。なお、オリジナルの1986年盤は音が悪く、劇的に改善された1999年盤をお勧めする。

1)路地裏の少年
・ある少年が、16歳で家出し、18歳で都会でのアルバイトに疲れながらも仲間と「いつかはこの国目を覚ますと」と夢描き、21歳で落ちた恋に戸惑い、22歳で挫折して路地裏に立ち尽くすまでを自叙伝的に歌う。絶妙のフォーク・ロック作品であり、これがデビュー曲(このアルバムで歌詞を追加して再録)とは恐ろしい。
・「ああ『やさしさ』の意味さえも知らないで ああ訳もなく砕けては手のひらから落ちた 今俺は22 初めて知る 行き止まりの路地裏で」

2)遠くへ -1973・春・20才-
・やっと受験に受かったと喜び勇んだキャンパスで彼女と出会ってから、人生の困難さに立ち竦むまでの、これも自伝ないし私小説的な作品。学生運動の挫折も歌い込まれている。
・「遠くへ 遠くへと 願った日々 真っ直ぐに見ておくれ 僕は泣いてる 君のために」「違う違う こんな風に僕は 打ちのめされる為に 生きてきた訳じゃない」

3)J.BOY
・文字通りアルバム表題曲。時間軸として3番目に持ってきた。
・終業とともにネクタイをほどき「時に叫びたくなる 怒りに」と労働者の深い喪失感を織り交ぜながら、働き過ぎて自死した友や、午前4時に「すべてが消え去るまで」バイクを走らせる自身を歌う。
・「J.Boy 掲げてた 理想も今は遠く J.Boy 守るべき誇りも見失い」「頼りなく豊かなこの国に 何を賭け 何を夢見よう」

4)八月の歌
・あまりに名曲が多いので、このアルバムから特別に4曲目を紹介したい。
・「8月になるたびに ヒロシマの名の下に 平和を唱えるこの国アジアに 何を償ってきた」「俺たちが組み立てた車が アジアのどこかの街角で 焼かれるニュースを見た」
・広島出身の被爆2世でもある浜田のこの強烈なメッセージがすべてを語るだろう。

2.旅するソングライター('15年作品)
・第2位は、2015年に10年ぶりのオリジナルアルバムとして発表されたばかりのこの作品。今更ハマショーはねえ・・・、と言う人にこそ、聴いて欲しい。62歳になっても、いろいろな意味で充実した豊潤作である。

1)光の糸
・命の大切さ、闘う勇気、友との友情、子供を守る優しさ、それらのことどもを、光の糸のようにつなげていく。軽快なロックサウンドに乗せた快作。
・「つないだ小さな手の温もりを 闘う勇気に変えて 残された僅かな時間の中で 焦らないで 緩まないで 生きる」「命の炎を高くかざして 道を照らせ 来る日も来る日も 燃え尽きるまで 友よ」

2)旅するソングライター
・世界中を旅行しながら歌を作り、食事して、お酒を飲み、現地の人たちとふれあい、撮影もして来る、という彼のライフスタイル(人生)を物語ったタイトル曲。
・「君の歌が聴こえてくる 心の一番きれいなとこから 俺の声は届いてるか 遠く離れても」と始まり、「世界中どこに居たって 君(奥さん?)を想ってる」、と続き、「世界中で見た 涙と笑いと嘆きの入り混じる 感情抱いて 人は生きてた 生きてた 生きてる」と結ぶ。

3)マグノリアの小径
・イタリアはトスカーナ辺りの情景をバックに、恋人(これも奥さん?)への愛情を歌い上げる。
・「もっと自由でいいんだ 太陽の下 もっと自分でいいんだ 人波の中」と始まり、「夕暮れの淡い闇にまぎれて そっとキスしよう それを君が許してくれるなら オレを君が望んでくれるなら」と締める。

 

3.愛の世代の前に('81年作品)
・第3位は、比較的初期ながらタイトに決まったこの作品。彼はデビューから暫くの間、ヒットしない状態の中で採るべき路線(方向性)を見失い、迷走状態にあったが、前作の「Home Bound」で開眼(それまでのアルバムは廃盤にして欲しいと、繰り返し語っている)。武道館ライブに向けてわずか2カ月弱で仕上げたというこのアルバムで一つの頂点を極める。

1)愛の世代の前に
・タイトルからはドラマの題名ともなった「愛という名のもとに」に類したラブソングと解されそうだが、愛の世代とは「核のない世界」のことで、現代は「核を持っている」ところが決定的な問題の世代(=愛の世代の前史)だとの、強いメッセージがこもっている歌。
・「憎しみは憎しみで 怒りは怒りで 裁かれることに 何故 気付かないのか WOW」。彼の歌にはウォーやアーなどが多い。

2)悲しみは雪のように
・誰もが知っているヒットソング。そしてやはり名曲。ただし、実際にカラオケで歌ってみると音程を取るのが難しいことに気付かされる。浜田省吾は歌がうまいのだ。・「君は怒りの中で 子供の頃を生きてたね でも時には 誰かを許すことも 覚えて欲しい 泣いてもいい 恥じることなく 俺も一人泣いたよ 」
・実際には、母親が脳梗塞で意識不明になった際の心情が背景にあるらしい。

3)ラストショー・リズムとテンポが心地良い、印象に残る歌。家内が好きだ(った)と言ったこともあって、選出した。
・「あの頃 星は君のもので 月は俺のものだった」「さよなら バックミラーの中に あの頃の君を 探したけど さよなら ボンネットを叩く雨 もう何も見えないよ もう何も聞こえないよ サーヨナラ」

 

4.Wasted Tears('89年作品)
・第4位は、4つあるベストバラード集の中からこの作品。4つとは発売順に「Sand castle」、本作、「Edge of the knife」、「初秋」。それぞれ、20代、30代、10代、40代を主人公に据えて過去の作品群から選抜したセレクト再演作品である。その中でも、本作の哀感が最も濃く、名曲揃いである。

1)もうひとつの土曜日
・人気の高い不倫歌。初出は意外感のある「J.Boy」。
・妻子持ちの男性と週末毎に不倫し、想いを寄せる女性に対し、自分を振り向いて欲しいと優しく語りかけ、最後に「受け取って欲しい この指輪を 受け取って欲しい この心を」と結ぶ。
・「君を想う時 喜びと悲しみ ふたつの想いに 揺れ動いている 君を裁こうとするその心が 時に俺を傷つけてしまう」
・はてさて、この恋の結末やいかに。ということで答えは聴き手に委ねられた格好となっている。因みに私は悲恋説である。

2)MIDNIGHT FRIGHT - ひとりぼっちのクリスマスイブ
・恋人を成田空港で見送り、人影のない駐車場に佇む男性の心情をつづった絶品のラブ・バラード。そのポケットの中には金の指輪が・・・。初出は「Club Surf & Snowbound」。
・「行くなと引き止めれば今頃2人 高速を都心へと走っていたはず」「失くしたものがあまりに大き過ぎて 痛みを感じることもできないままさ ひとりぼっちのクリスマスイブ 凍えそうなサイレントナイト これからどこへ行こう もう何も見えない空の下」・・・。

3)ラスト・ダンス
・正直言って、このアルバムからどれを選んでも間違いないのだが、数多いラブ・バラードの中でも質が高くムーディな作品。初出は「LOVE TRAIN」。
・「『もう一度やり直せたら・・』馬鹿だぜ そんな話はもう止めよう 僕が僕である限り 何度やっても同じことの繰り返し」「もう一度踊ってくれ このままで もう一度口づけおくれ このままで」

 

5.On The Road The Last Weekend('12年作品)
・実は、第5位は、迷いに迷った。上に挙げたアルバム以外は、どれも甲乙付け難いのである。一時は、映像作品である「On the Road Films」を持って来ようか(実際このDVDは良い!)と思ったくらいである。その挙句、反則技を承知の上で、最新の(と言っても数少ないのだが)ライブアルバム(ベスト的な3枚組)から選曲する。3.11大震災の最中のコンサートツアーでもあった。

1)日はまた昇る
・壮大な人生讃歌であり、人生訓に富んでいる。
・「夕陽が空を染めていく 明日の朝も日はまた昇る 俺がここにいる限り 俺がそこに居ようといまいと」「どの道を歩いて行こうと 君は君のその人生を受け入れて楽しむほかない 最後には笑えるように」

2)Money
・「最高の女とベッドでドン・ペリニオン」が有名になってしまった歌。「いつか奴らの足元に BIG MONEY 叩き付けてやる」と、いろんな意味でかなりストレートで現金な歌。
・「俺は何も信じない 俺は誰も許さない 俺は何も夢見ない 何もかもみんな爆破したい」とのメッセージには強烈なものがある。

3)New Style War
・文字通り、新しいスタイルの戦争。すなわち核兵器や宇宙衛星の使用を前提とした恐ろしい時代への警告をテーマに据えた、骨太なロックンロールである。
・「飽食の北を支えてる 飢えた南の痩せた土地 払うべき代償は高く New Stile War」「貧困は差別へと 怒りは暴力へと 受け容れるか 立ち向かうか どこに逃げ出す場所はないさ New Stile War」


 以上が、浜田省吾のアルバム5枚の紹介である。ぜひこれらのアルバムを聴き、改めて日本のフォーク・ロックの後継者(第2世代)としての浜田省吾、その揺るぎない精神、ロックの初期衝動、勇気と翳り、日本国と日本人の在り方を歌う高い志、などなどを堪能して頂きたい。


 さて、この「T’s Selection人物編」、次回はいよいよ難物のMr.@に取り組む予定である。

<2015年12月記>