西岡恭蔵編

 第8回は、前回紹介した大塚まさじの盟友。’02年に自選ベスト「Glory Hallelujah」、'03年11月「X'mas Song」が発売され、この1月にはベルウッドBOXシリーズとして初期2作品が再発されたばかりの、西岡恭蔵です。
 この人の良さは、そのボヘミアン的な無国籍性というか独特の漂泊観、スケールの大きな旅情、持って生まれた野太くも優しい歌声、優れたソングライティング能力にあったと思います。アングラ的香りを残しつつスタンダード化した「プカプカ」の作者であり、矢沢永吉にも「トラベリンバス」等の名詞を数多く提供しています。
 ファンの方はご存知でしょうが、97年4月4日にガンでなくなった愛妻KUROさんの後を追うように、丁度3年後の99年4月3日に自死されてしまいました。失礼ながら、そんなタイプには見えなかった(一見豪放そうな)だけに、その報に接した時には信じられない思いでした。吉祥寺はマンダラⅡで握った手の大きさと温かさが今も想い出されます。その歌声を生で聴くことはもうできない訳ですが、死後にもいくつかのアルバムが企画・発売されるなど、その人柄と業績を惜しむ方、新しいファンも少なくないようです。
 60年代後半のアメリカはヒッピームーブメントに触発され、日本フォークの枠には収まらず、最後まで「LOVE & PEACE」精神に殉教した彼(とKUROさん)こそ、日本のジョン・レノン(&ヨーコ)だったのかもしれません。
 99年7月に日比谷野外音楽堂で行われた「恭蔵&KURO追悼コンサート」は、仲間達の思いが篭った、忘れ難く素晴らしい内容でした。この音源をお持ちの関係者の方には、是非CD化をお願いしたいと思います。

1.街行き村行き・・・('74年作品)
・ベスト1はこの1枚。どこか懐かしいような、それでいて未だ出遭っていないような街や村に誘うが如き、魅力に溢れた名作です。夢があり、温かく、このアルバムを聴くと、ほのぼのとした気分になれます。はっぴえんどを解散したばかりの細野晴臣とのコラボレーションが、「あの時代にしか存在しなかったような」カラフルな色彩感覚をもたらした、と言えるでしょう。共に世界指向というか、日本の既存のフォーク・ロックに飽き足らず、ワールド・ミュージックに向かっていた2つの才能の素晴らしい出会いが、我々に豊饒な稔りをもたらしたことに感謝します。

1)春一番
・「春一番」は、知る人ぞ知る、70年代前半の関西名物、天王寺野外音楽堂で開かれていたフォーク・ロックコンサートで、この歌はそのテーマソングです。全日本フォークジャンボリー(通称中津川フォークジャンボリー)とはニュアンスが異なり、政治色は薄く「純粋に音楽を楽しみたい」志向の若者達の祭典でした。歌詞に出て来る通り、アメリカで有名なウッドストック・フェスティバル(69年)が行われたヤスガーさんの農場へと風は吹いて行くか・・・に、(この時は)見えました。

2)街行き村行き
・アルバムタイトルともなっているこの作品は、はっぴえんどのラストライブ盤で、「春一番」と共に恭蔵自身により歌われている代表作です。「ナプキン海図に風受けたら 君は船長 僕航海長・・」と、船長が細野晴臣なのかKUROさんなのか(はたまた・・)は分かりかねますが、いずれにせよ、その後実践された、世界への歌作りの長い旅に対する出発を宣言したかと思える、ポップな作品です。

3)海ほうずき吹き
・どこか、景色が眼前に立ち現れるような、匂い立つ歌が多い中にあっても、私には、ひときわ心に残る作品です。夏から秋にかけての夕暮れ小径で「海ほうずき吹き帰る」光景を、淡い恋心に仮託してやんわりと表現しています。同時代の細野晴臣「HOSONO HOUSE」や金森幸介「箱舟は去って」と似た大好きなテイストがここにあります。

 

2.Farewell Song('97年作品)
・最愛の奥様であり、作詞家でもあった、かけがいのない人生の伴侶KUROさんを亡くした後、心を込めて作り上げた鎮魂アルバムであり、結果的にはご本人にとっても遺作となりました。・今にして思えば、後期の西岡恭蔵にとって、KUROさんは、奥様としての存在以上に、自らのインスピレーションを刺激する有能な作詞家(パートナー)として、かけがえの無い存在だったのかも知れません。

1)我が心のヤスガーズ・ファーム
・自分自身が30年前に作った「春一番」への返歌であり、春一番の実質的な主宰者である福岡風太さんへの親愛の情(ご本人の当時の肉声をSEに使用)に立脚した傑作です。「時を重ね 悲しみ越え もう若くは無いけれど 今も胸の奥で響く 我が心の ヤスガーズファーム」と、“ついに幻想に終わった”と総括される「ラブ&ピース」的ヒッピー=ロック文化への、それでも尽きせぬ熱い想いを歌い上げています。
・「愛すること 信じること 夢見ることが 人生の全てさ」との一見陳腐なまでの純真な歌詞が、恭蔵さんの遺言として、今も、そして、いつまでも我々の胸を打ち続けることでしょう。

2)Glory Hallelujah
・ゴスペルソングとして名作であり、できれば歌い継ぎ、プカプカのようなスタンダード曲になることを祈ります。妻に先立たれた深い精神的ダメージの中で、「愛は生きること あなたがあなたであることを祈りながら」「きっとここにある 唄う喜びが」「私もあなたも一人じゃないと 共に生きている確かなあの唄声が」・・と続く歌詞は、今となるとあたかも自分自身に対して歌ったようにも思え、歌声がかつてなく力強いだけに、涙を禁じ得ません。

3)Farewell Song
・KUROさんに対する追悼の歌。そして同時に、(作詞・録音時に意識していたかは不明ながら)自分自身から、仲間達への「さようなら」を唄っているようにも、そして我々から恭蔵さんへの鎮魂を意味しているようにも聴こえる本当のザ・ラスト・ソング。
 「さようなら あなたよ 生きることも 愛のことも あなたが知らせてくれた」・・・(合掌)。

 

3.南米旅行('77年作品)
・ついに持てるソングライティング才能が弾けたワールド・ミュージック的作品。あこがれの南米をKUROさんと1ヶ月間に亘って旅行し、その過程で共作した曲の数々を、その足でロスアンゼルスに立ち寄って(大阪から元ソーバッドレビューの面々を呼んで)録音した、現代版「奥の細道」的な歴史的傑作アルバム。フォークが嫌いな方々にも広く受け入れられるであろう、立派なポピュラーミュージックであると共に、細野晴臣の「はらいそ」や久保田真琴「セカンドライン」辺りがお好きな方には、「これが原典」とも申し上げたい(相互刺激ですが)、と思います。

1)GYPSY SONG
・冒頭のイントロ(石田長生のエレキギター)が始まった瞬間に、心地良く異国=「摂氏100度の燃える砂漠」へとワープしていく感じが味わえる作品。盟友:大塚まさじほかがカバーしている。これもきっと、スタンダードだなあ。

2)DOMINICA HOLIDAY
・どの曲でも楽しくて、くつろげて、テキーラでも飲みたくなって、もうどの曲を選ぶ、とか、それを解説するとかいった行為がバカバカしくもなってくる訳です。これも、巧く言えませんが、妙に気分が良い曲です。何せドミニカのホリデイに、恋人がバナナの木で古い恋の唄を歌うんですから、文句ないでしょう!(意味不明か)。

3)GLORIA
・「それはグローリア」「沖行く水夫の夢に 微笑みだけ寄せて消え行く幻」「ボレロ呼ぶ口笛に合わせ パナマの唄歌っておくれ」・・。うーん、やはり解説不能、というか不要ですね。もうこれは、やはりフォークの延長線上では語れない音楽のようです。酔っている訳じゃありませんが、脱帽。

 

4.YOH-SOLLO('79年作品)
・それでもって、今度はヨーソロですよ。今回の旅は、ベルリンからスペイン・ポルトガル、(パリ・ダカみたいに)アフリカはモロッコへ渡ってその沖に浮かぶ島から帰って来るという、スケールアップ版。これを再び出会った(相互尊敬状態の)細野晴臣御大が全面バックアップし、YMO前夜的シンセで編曲した訳ですから、益々凄そうでしょ<笑>。ま、廃盤になる前に入手(LP廃盤からCD化まで18年の長かったこと、長かったこと)し、聴くしかありません!。・この旅シリーズは、次回81年作「NEWYORK TO JAMAICA」でレゲエに辿り着いて、世界旅行3部作完結、となります。

1)YOH-SOLLO
・冒頭を飾るタイトル曲。「水平線の彼方には 不安の雲が広がる 俺達だけの太陽と 出会う為には ヨーソロ」と旅立ちを歌い始め、「5年前の君との約束 忘れぬうちに 熱い風帆に受けて どこまででも・・」と結ばれるメインテーマです。と言うことは、奥様との結婚時の約束が、二人で世界を巡りながら、これまでの日本に根付かなかった種類の音楽を開拓する、という夢だったのでしょうか・・?

2)NEVERLANDⅡ
・これも長い旅の途中で生まれた島の歌。「夜空をかきわけ目指してた島は NEVERLAND 波間をきらめく 星たちまで唄っているだろう」。ネバーランドは、ご存知ピーターパンが冒険した空想の島。ネバーランド(Ⅰ)は「南米旅行」に収めれているので、Ⅱな訳です。

3)MARRAKESH
・飛び切り明るく、超ポップとしか言いようの無い一曲。「♪バルセロナ グラナダ Hurry up to Marrakesh 海を越えて 君を呼ぶ町♪」です。冴え渡る全盛期の細野晴臣編曲の天才能は、やはり、私のような音楽無学者には評論不能です。降参。

 

5.トラベリン・バンド('90年作品)
・70年代のシンガーソングライター達が軒並み苦戦した不遇の(=バブルの)時代に、自主制作で創り上げたインディーズ作品。草の根的な世界に立ち帰った潔さと力強さが心地良く響きます(デビュー作「ディランにて」と通底)。
・現在入手不能、と言うか、当時でも確かライブ会場で本人(か奥様)から買うしかなかった時代に「LOVE&PEACE KYOZO」とサインしてもらった、私にとっては思い入れの強い作品でもあります。うち4曲が、93年発売の12年ぶりのメジャー作「START」に再録音されています(が、既に変調が感じられ、本人も納得がいかなかった、との有力説も・・・)。

1)眠りの国から
・アルバムのラストを飾る小品ですが、アコースティック・ギターの音色が何とも素晴らしいです。眠りに落ちて行く際に流しておきたいゆだやかな作品で、内容も「哀しみがつくり出すおかしなサーカスも 喜びが溢れ出す不思議なカーニバルも・・」「生きていく哀しみに泣いてるピエロ達も 生きてる喜びにふるえる子供達も・・」と、正に西岡作品らしいキーワードが盛り込まれ、「グッドナイト・・」と締め括られます。

2)トラベリン・バンド
・岡島善文と組んでKYOZO&BUNとして活動していたこの時代の、旅するバンドを明るく唄った活気あるロックンロール。「道に迷う時も 励ましあう時も 君と感じあえたら それだけがすべて」「だから いつもトラベリン・バンド 俺達トラベリン・バンド 山を越えてあいつの町まで・・」。

3)真冬のアロハパーティ
・クリスマスが好きで、毎年1つクリスマスソングを作り、「12曲溜まったらクリスマス・アルバムを作るんだ」と言っていた恭蔵さんの、多分2曲目辺りのクリスマスソング。「拡がれバイブレーション! 世界中に」。因みに10曲作った時点で還らぬ人となってしまった訳ですが、昨秋、大塚まさじさんの編集により見事な「X’mas Song」アルバムが発売されたことは先述の通りです。

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 西岡恭蔵を「全く知らない」or「アルバムを1枚も持っていない」という方には、'02年秋に出されたベストアルバム「Glory Hallelujah」や最新作「X'mas Song」がお薦めです。「オリジナル・ザ・ディランとしての源流を遡及したい」という方には、デビュー盤「ディランにて」や「悲しみの街」、そしてディランⅡの作品群も良いでしょう。

 次回は、同じく最近ベルウッド時代のBOXが発売された日本フォークの開祖、小室等さん、を予定しています。

04年2月記>