斉藤哲夫編

 人物編12回目は、哀感漂いどこか懐かしくもポップな、わが国屈指のメロディーメーカー=「斉藤哲夫」さんです。財津和夫(P.マッカートニー)に匹敵するポップ・センスと小田和正(A.ガーファンクル)に比肩するハイトーン・ボイスの持ち主でありながら、今一埋もれたシンガー人生(失礼)を送っていることに、(親戚じゃないが)納得がいかん!人も多いのではないか。
 70年デビュー当時の「若き哲学者」呼ばわりから真反対方向で、80年に突如訪れた「いまのキミはピカピカに光って」のヒットも、却って'たいやき君'的一発屋イメージを植え付け、ご本人の自己嫌悪も手伝って凋落を早めてしまった・・・悲劇。
 ボブ・ディランとビートルズの影響を個性豊かに発揮した何枚かのアルバムは今も古びず、時代がその才能を正しく受け止められる日が・・、ご存命中に来る事を、♪私祈ってます。
 06年12月には「クリスマスの約束」に出演したほか、07年10月には「フォークの達人」に登場する。ここから、16年ぶりとなるフルアルバムが発売され、盛り上がるのだろうか。しかし、以下に紹介するように、ご本人は本質的にあくまで「ブルー」志向が強そうなので、今のままが良いのかも知らん。

 さて、斉藤哲夫のアルバム数は少ない。ので、5枚選ぶということは、過半数になるがご愛嬌。

1.バイバイグッドバイサラバイ('73年作品)
・ベスト1はこの1枚。URCから出したファーストアルバム「君は英雄なんかじゃない」や中津川フォークジャンボリーでの活躍から「若き哲学者」と呼ばれ、岡林信康の後継者と期待された時代から、どっこいポップ路線への転換期にあって、ディラン色とビートルズ色が見事にブレンドされ、斉藤哲夫のハイセンスここに極まれり!の代表作である。「時代」が闘争から内省へと転換した時代考証的な価値も大。

1)吉祥寺
・この歌の影響は大きい。この歌のせいで吉祥寺に住み、今だに時折「吉祥寺をォ~通り抜けてェ~」と口ずさみながら街を散歩している人は私くらいだとしても、中央線を代表する歌としての認知度は、拓郎「高円寺」・友部「一本道」を上回る名曲。・当初、「ゆっくりとタバコをふかしながらバンジョーを鳴らす」君とは、高田渡のことを歌っているのかな、とも思ったが、どうやら渡辺勝(@アーリータイムズストリングスバンド)をイメージするのが正解みたいだ。

2)頭の中一ぱいに続く長い道
・斉藤哲夫版ロング・アンド・ワインディング・ロード。「あてない長い道がある 幾つかの山河越えて」「今少しずつだけれど 光が差し込んできた 僕の心の中に ゆっくりと広がりつつある」といった歌詞が、清らかで神々しい曲調とテンポで歌い上げられる。

3)もう春です(古いものはすてましょう)
・ピアノとともに静かな出足。このアルバム全体が、自らを含む70年安保(学生運動)敗残世代に、訣別と諦観を諭すことが一つのコンセプトとなっているが、この歌では、ズバリ「古いものはすてましょう」と促す。「頭を抱えて悩む時期は過ぎた どう転ぼうとも後には戻れない」「今すべてのものが音を立てて崩れていくような そう始めから終わりまで何も無かった」。この総括は鮮やかである。

 

2.グッドタイム・ミュージック('74年作品)
・前作から、さらに一歩推し進めて、トータルアルバムとしての完成度を高めたJ-POPのご先祖様的な傑作。音楽的にはこれがNo1であろう。特にB面の曲はシュールな詞を、多彩なリズムで連ねるように全体として一つの作品を構成しており、多分にビートルズの「アビイ・ロード」を意識した感もある。

1)グッドタイム・ミュージック
・何と言っても、この表題曲は素晴らしく、超ド級の名作だ。美しいメロディとコーラスの中で「その日暮らしのバイオリン弾きの 悲しいミュージック」に「あなたの精一杯の 人生の歌を聞かせて」との世界観。「うすい一つの光が グッドタイム・ミュージック 心に灯をともしてくれる あの歌がある」。'鶏が首を絞められているような'とも評される高音部が続くうえ、後半転調するので素人にはギターが弾きにくい。

2)野沢君
・なにげない小品でありながら、じわじわ・しみじみと心に沁み入る佳曲である。盟友・野沢享司のことを歌っている訳だが、「家を遠く離れて この土地へやってきた 君のブルースを歌いながらやってきた」「お話しましょう そんなに黙り込まないで いかがでしょうか この土地東京の 空は君になじめただろうか」の締めが絶品。思わず、自分と東京の関係に思いを馳せる。遂に完全復刻されたホーボーズコンサートのライブアルバムタイトルにも使われた。

3)MR.幻某氏
・フルートの音色でゆったりと入り、このアルバム全体の道化回しであるMR.幻某氏(まぼろしぼうし)が登場する。意味があるのかないのか分からないような、音と言葉の遊びにも溢れた作品。「今はない夢追い人の オー心優しいMR.幻某氏 ターンターン 時は移り変わるとも いつまでも心変わらないよ」

 

3.ダータ・ファブラ('92年作品)
・第3位は、12年に亘る沈黙の苦闘期(他の仕事も転々)を経て、92年に密やかに復活した時のインディーズ作品。ちょっと重くて渋い大人のロック盤。腰が据わった土臭いサウンドが心地良い。こういうのを'オーガニック・ミュージック'と呼ぶのが相応しかろう。07年現在最後のフルアルバムである。

1)サイドストリートバンド
・自らのシンガー半生を振り返るかのように、間違ったこともあったけどまだまだこれから、「アップ&ダウン まだ何も見えちゃいない 何も見えちゃいない」と歌う。「流行の音に合わせたこともあったけど それだけのことさ 悪い夢を見てた」と、ピカピカ後遺症候群も自己総括。

2)あいつのロックンロール
・元気で迫力のあるロックンロール。福岡出身のロック青年をモデルにロックへの情熱と挫折を歌う、これまでの斉藤哲夫とは違うイメージの歌。「街はいつも風が吹いていた 流れていたのはエイトビートロック 言葉にならない何かが 心揺さぶり奴を変えてゆく」。この青年ロッカーもまた、「緑 草木が色褪せるように 時の流れがやつを変えてゆき」・・売れないのだった。

3)夕空
・アルバムの最後に収められたしんみり・しっとりナンバー。ピアノの音色も美しい。「夕空にさんざめく 聖なるかオリオン 彼の人は今どこで この空を見上げん」「遠い日の思い出が 甦るよ 今」

 

4.僕の古い友達('75年作品)
 メジャーで売れた頃の最後の作品。益々ポップ性は増し、いろんなタイプの最も一般受けし易そうな曲が並んでいる。が、この辺りから、彼自身の独自性やアルバムのトータル性が薄れ、インパクトが失われつつあった?のかもしれない。

1)夜空のロックンローラー
・実にポップで、ノリのよいロックンロール。落ち込んだ時も元気が出る歌。「雨もりしそうな 空の屋根から とても素敵な お月さん出たよ」「僕は夜毎のロックンローラーに早変りで 君住む街に沢山の星を降らせましょう 今夜は月明かりやさしい」。今でもTVドラマやCMに使えそう。

2)さんま焼けたか
・哲夫流下町賛歌。実家の大森大衆食堂の親父さんイメージを膨らませたのか、はたまたホントに下町に彼女(今の奥さん?)が居たのか、までは知らない。「相変わらずの人達が 今も昔も泣き笑いの ここが下町 君の街 さんま焼けたか」と、今にも粋な親父の声が聞こえてきそうな作品。この路線で、なぎらをセンスアップしたようなアルバム1枚を作る手、有ったかも。

3)ソー・ダンス・オールナイト
・アルバムの最後を飾る美しいダンスナンバー。「夜が明けるまで歌い続けよう 空から降りしきる悲しみが 心から消えるまで 今宵を一晩中」

 

5.最近のミニ3部作
 ここ数年の斉藤哲夫はフルアルバムを発表していない(出来ない?)が、佳曲も少なくない。そこで、反則気味ではあるが、「生田敬太郎&斉藤哲夫」「君が気がかり」「昨日・今日・明日」3枚のコンピないしミニアルバム(足せばフルアルバム作れたのに・・・)より選出し、解説する。

1)悩み多き者よ
・初期の傑作を再演。小田和正とのクリスマス番組で、改めてその良さを思い知った人多数。「悩み多き者よ 時代は変わっている 全てのことが あらゆるものが」「暗い歴史の影に埋もれてはいけない 飾り気の世の中に埋もれてはいけない」最後の部分なんか、バブル時代を見通していたかのよう。

2)斜陽
・夫婦2人の長い人生を描いた作品。「草刈の甘い匂い いつしか君を抱いてた」と始まるのだが、次のラストは衝撃的だった。
「長い旅も終わり さて、その時が来たら 霜降る朝に 二つ並んだ 骸(むくろ)になれたらね」ずっしり重い、しかしこれから愛唱できそうな歌だ。

3)ブルー・ブルー
・「オー・ブルー・ブルー・ブルー いつだってブルーだった」いやあ、ブルー3連発!。やっぱ、本質的にブルー志向の方なんだなあ、と思わせたうら寂しい一品。「ああ あれもこれも 必要なもの全て失った 凡そ自由らしい自由なんてどこにもなかった 口先だけの薄っぺらな自由が大通りを歩いてる」これが斉藤哲夫の持ち味の片面とも言える斜視的な人生観か。格差社会の中で、下からの目線、これがフォークの真髄、なのかもしれない。

 なお、中期(79年、80年)の2作品「一人のピエロ」と「いつもミュージック」も決して質は落ちていない、と思うのだが、未だに未CD化なのは何たることか!キャニオンの責任なのか、ナントカ復刻して頂きたい。

 最後にフォークファンなら分かる筈だが念の為。「されど私の人生」は拓郎の歌じゃありませんヨ<笑>。

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 次回は、いつの事になるやら分からないが、大物エンケン=遠藤賢司を書きたい、と思っている。

<07年08月記>