日曜の夜

日曜の夜の空いたメトロに乗り込んできたのは、あら珍しや、大事そうにギターを抱えた坊主頭のあんちゃん。

いいね、ギターケースに入れないで肌であっためてるのが。やっぱりアコースティックだよね。
擦り切れたジーンズもスニーカーもいいよ。
フリーマーケットで50円くらいのただただ白いTシャツと、缶コーヒーで当たった薄っぺらなジャンパーで、この寒空の下、どこで歌って来たのか。
それにしてもスポーツバッグがやけにぎっしり詰まっているな。何を取り出そうとしているの?まさか携帯でメールをぴこぴこやるんじゃないだろうね。
食べ残しの食パンか。嬉しいな。人前を気にせずバターもつけず、一口でというのはいいね。

君は本当ボンボンじゃないんだね。

もうすぐ降りるけれど、オイちゃんも昔フォークシンガーを目指して東京に行くんだ、高円寺に住むんだ、という時代もあった。
仲間たちと「ギター一本で時代を変えるんだ」と語り合ったものだ。
が、実はみんなが小金持ちだということをそのうち感じるようになる。
そしてオイちゃん含めて一人抜け、二人抜けした。
腹いっぱい食った後で、楊枝しいしいいわせながら「世界に平和を」のメッセージはないだろ?

仲間たちも今や銀行や保険会社で企業戦士になってせっせと儲けに奔走している。
もう降りなきゃ。

あんちゃん、会えて良かったよ。昔の自分に、会えて良かったよ。

ドアが閉まる。

あんちゃんはまたバッグの中でごそごそ始めたな。何だ?見えない。行ってしまった…。

 

 プロレスラーになるよりも簡単だから
 フォークシンガー選んだわけじゃない
 オートバイで国道とばすよりも
 楽しいからって歌ったわけでもない
 目の前を通るあんちゃん
 あんたの持ってるそいつはギターだろ
 俺らもあんたの年の頃
 そいつにすっかり魂抜かれてさ
 それから俺ら フォークシンガー