小坂忠編

 人物編22回目は、日本ロック創世期の、そして今はクリスチャン・ミュージック界の、先駆者&牽引車となった日本最高峰のボーカリスト、小坂忠である。
 この人の良いところは、何と言っても魂のこもった声。「ナチュラルかつ滋味溢れる声で、時に軽く、時に熱く、時に重く」歌えることだろう。1976年からはクリスチャン(愛娘が大火傷から奇跡的に回復したことを機に信仰に入り、少し前に奥さんに譲るまで、牧師も務めていた)として、日本初のゴスペル・レーベル「ミクタムレコード」を設立。今は、基本的に「神の愛」や「救済」をテーマとした歌を歌っている。従って、ある時期以降の小坂忠を聴くことは「音楽の聖書」を読むに等しい。
 そのため、歌詞の中には頻繁に「イエス」「キリスト」「救い主」が登場し、忌避感を持たれる方がいるかもしれない。しかし、これは、岡林信康がエンヤトットに傾倒した以上に本格的な「信仰」の問題であり、多少違和感があっても、素直に聴くのが正しい。宗教の歌ではあるが、そこに歌われているのは、人生普遍の応援歌であり、弱者や迷える者への救いであり、温かく強いメッセージに貫かれている。ご本人は、「僕の音楽と生き様は一つ」と、本HPの「フォーク党宣言」そのまんまの、揺るぎない信念を語っている。
 過去をお浚いしておくと、日本ロックの黎明期において、細野晴臣や松本隆らとエイプリルフールを結成。その後、ミュージカル「ヘアー」に出演さえしていなければ、かの「はっぴいえんど」のボーカルとなった可能性が高い。歴史にifは禁物だが、もし小坂忠の傑出したボーカルが備われば、はっぴいえんどの音楽(不安定なボーカル)や、その後の細野晴臣と大瀧詠一のソロ活動は、違った形になっていただろう。
 演奏面は、主として細野晴臣を中心としたティンパン系の、鈴木茂、林立夫、松任谷正隆、佐藤博+αといった日本最強布陣であり、そこに最高のボーカルが乗っている。ということは、向かうところ敵なしということだ。
 選盤に当たっては、最初、5枚も選べるかなあ、と思って取り掛かったが、とんでもない。ご本人が「本当に恥ずかしいアルバムを作ってしまった」と述懐する「恥ずかしそうに(73年)」を含め、どれも良く、穴が見つからなかった。以下、音楽(曲や演奏)を解説することは難しいので、歌詞の紹介が多くなる点は、ご容赦。

 

1.き・み・は・す・ば・ら・し・い('04年作品)
・ベスト1は、素晴らしいキリスト教音楽の集大成であるこのアルバム。実はこの人物編を書くまで、これが、ベストアルバム(デビュー35年を記念したセルフカバー)であることに気付いていなかった。本盤を選んだ最大の理由は、全面的にアコースティックギター(しかも、マーティン+ギブソン!)で歌われ、そのサウンドが実に美しく、心に沁み入るからである。さあ、敬虔なゴスペル魂を全身に浴びてみよう。 

1)恵みの雨
・正直、選曲には大いに迷った。全14曲みんな良いのだ。しかもキリストの愛を歌っているので、内容も甲乙というか区別が付け難い。でも1番好きなのは、2本のギブソンの絡みが綺麗なこの曲。
・「神の恵みの雨が 音もなく降る 乾ききった地の上 世界の街に」「すべての国の すべての人を 包み込んでいる キリストの愛 雨のように今日も降り続く」

2)君はすばらしい
・辛い時、挫けそうな時、絶望の淵にある時。どんな時でも、君は素晴らしく、神が味方に付いているよ、との永久不滅的激励歌。こちらは、マーティンとギブソンの混成合奏である。
・「イエスの命さえ 惜しまずに与え 君を愛された 神の愛の深さ」「どんな試練も 強い神の愛から 決して君を 引き離しはしない 君はすばらしい 神は君の味方」

3)勝利者
・08年のTV番組「誰も知らない泣ける歌」で紹介され、有森裕子の「自分で自分を褒めてあげたい」マラソン映像をバックに、珍しく小坂本人が歌った曲。因みに同じ回に高石ともや(陽気に行こう:奥さんの闘病が題材)も出演。
・「何が苦しめるのか 何が喜びを奪い去るのか 心の中にはいつでも 嵐のような戦いがある」「勝利者はいつでも 苦しみ悩みながら それでも前に向かう」

 

2.People('01年作品)
・第2位は、細野晴臣ら復活ティンパンの誘いにより、彼らの全面的なバックアップを得て発表したこの作品。なんと25年ぶりとなるポピュラー(宗教から離れた)アルバムである。小坂忠の存在を忘れていた人や、若手に、その音楽性と歌の力強さを見せつけたアルバムとなった。発売直後の01年12月に行われた「小坂忠&FRIENDS」のコンサートも素晴らしく、観に行ったことが懐かしい。

1)Refrain・対話しても思いが通じ合わなくなった醒めた男女(夫婦)関係を背景に、互いの絆と愛を何度も問いかけ、訴える歌。
・「静かに君は目を閉じて 浮かべた笑いで応える 時々言葉はうるさいだけで 自分の気持ちさえ偽る どんなに話してもすれ違うばかりで 分かってくれないから 何度でも言う」「支え合うために二人はいると 愛し合うために二人はいると」

2)夢を聞かせて
・若い頃の情熱を振り返りながら、今でも夢は消えていないはずだし、今の君の夢を聞かせてくれよ、と歌う歌。少しほろ苦い余韻。
・「夢の話を聞かせて 仕事のことは忘れて あの頃はみんなが集まると 世界が変わると 朝まで話してたね」「誰かが笑い出すと 君は怒りだして いつか夢じゃなくなる時が きっと来ると言っていたね」

3)People get ready
・カーティス・メイフィールドのカバーながら、とても格好良く決まっていて、グルーブ感も最高。
・「I Believe ,people get ready 用意はいいか 荷物なしで乗るだけでいい 行先き信じ キップはいらない そして言うのさ thank the lord」

 

3.HORO 2010('10年作品)
・第3位は、日本のロックベストアルバム、といった企画や書籍で、必ず上位に採り上げられるこの古典的名作。75年、細野晴臣を軸とするティンパンアレイ・ファミリーの全面的なサポートを得て完成させたアルバムである。それまでのカントリー&シンガーソングライターの作風から一転、本格的なソウル・ミュージックのエッセンスを取り込み、和製R&Bのバイブル的名盤として、今も後続のミュージシャン達に影響を与え続けている。・しかし、今回選出したのは、75年の「赤盤」(原本)ではなく、10年発表の「青盤」の方である(実に35年後!)。これは、原盤の演奏をほぼそのままに、ボーカルだけを新しく録り直したという特別な企画で、ボーカルがより渋く、表情豊かになっている。熟成と年輪、すなわち「燻し銀」というやつである。それにしても、山下達郎、大貫妙子、吉田美奈子のコーラス陣の豪華さは前人未踏だ。

1)しらけちまうぜ
・渋谷系:小沢健二のカバーで有名になった、とか書くと、いつの時代のことを書いているんだ、という話になるだろうが、日本のポップス界に楔を打ち込んだ感のあるファンク系の名曲。後述の「機関車」以上に有名な曲かもしれない。軽妙洒脱の極みである。
・「小粋に別れよう さよならベイビイ 振り向かないで 彼氏が待ってるぜ 行きなよベイビイ 早く消えろよ」「涙は苦手だぜ 泣いたら元のもくあみ しらけちまうぜ いつでも傷だらけ 愛だの恋は今さら しらけちまうぜ」

2)流星都市
・タイトルからして素敵。真夜中の首都高辺りで(私は絶対に行かないが)聴くとゴージャスな気分になれる、かもしれない。
・「月明り 君の肌が 青白く炎える ひるがえるスカートから 街が広がるよ いつも首ったけ 君に首ったけ 朝まで膝まくら うとうとさせて この巻き毛 この唇が 夢を紡いでる」

3)ボン・ボヤージ波止場
・波の音から始まり、スローに小坂忠の歌が始まる。なんだか茫漠とした浪漫空間へのトリップを感じさせる歌。
・「真夜中まで20キロほど 闇のしずく にじみ出す空 さあもうすぐに 街は浮かびだす」「時の中に 身を置きかねて さまよう街 恋のかくれ家 さあ あなたと夜をひとまたぎ」

 

4.ありがとう('71年作品)
・第4位は、カントリー・フレイバーに溢れた、ほのぼの系のこのデビュー作品(ミッキー・カーチス:プロデュース、マッシュルーム・レーベル第1弾)。当時は日本のジェイムス・テーラーと言われたし、細野晴臣のソロファースト名盤「HOSONO HOUSE」や、西岡恭蔵の「街行き村行き」などにも通底する淡くて洗練された色彩感覚を持っている。聴けば「ほっこり」できること保証、と思ったらどっこい、かなりの毒性があることも付け加えておこう。アルバムジャケットの絵(WorkShopMU!!)は内容に沿っているし、高校生だった荒井由実も参加。・この後、72年のライブ作「もっともっと」(小坂忠とフォージョーハーフ)も捨て難い。

1)機関車
・不気味で不思議で怖い歌、でありながら、小坂忠のダントツの代表曲であるとともに、日本フォーク・ロック界の至宝である。リスペクター達によるカバーのほか、自己再録の数も極めて多く、今回数えてみたら、私の持っている計18枚のアルバム中、実に半数近い8枚!で再演されている。
・再録のどれかの方がもっと良い感もありつつ、やはりオリジナルのこれを。
・「忘れ物はありませんねと 機関車は走るのです 君はいつでも僕の影を 踏みながら 先へ先へと走るのです」「藍色した嘘の煙を吐きながら 僕は君を愛しているんだ」「目がつぶれ 耳も聞こえなくなって それに手まで縛られても」

2)みちくさ
・ゆったり懐かしい「日本語のソフトロック」風情で、一見牧歌的に聴こえるが、どこか醒めた色合いも。彼は地方出身でもなく(埼玉出身)、単に田舎(故郷)をイメージしたものではなく、ここではないどこか=ユートピアを歌っているような気もする。
・「山のふもとの 小さな村の 桑のとなりの菜の花畑 歩き疲れた 休んでいこか」「遠い山国の 花は菜の花 れんげ草」

3)からす
・このアルバムの、単純にほのぼの系にとどまらず、一筋縄ではいかないシニカルさが良く出た1曲。冷ややかな心象風景、諦観をたたえた歌詞が光る。
・「古ぼけた 誰もいない街 暑い夏に 顔をゆがめてる あまり怒るなよ しかたないのさ カラス」

*有名な表題曲「ありがとう」も候補ながら、基本、細野晴臣の歌(ボーカルも取っている)、ということで選外とした。

 

5.モーニング('77年作品)
・HOROの大成功の後に発表され、やや目立たない感はあるが、ソロデビュー当初のほのぼのとした味わいとレイドバックしたお洒落さをブレンドした名作。全体に軽く伸びやかな音楽で、例えばドライブ中や旅先の朝聴くのに向いている感じ。人生に疲れた人の心を和ませ、癒す効果大のメロウなフュージョン・AOR系。加藤和彦の名作「それから先のことは・・・」とテイストが近く、後の大瀧詠一の傑作「A LONG VACATION」につながる香りも。

1)早起きの青い街
・それまで、寄る辺ない心の放浪生活を送ってきた者が、愛する人を見つけ、同時に人生の寄港地を見出した喜びを、ゆったりと歌い上げている。
・「早起きの青い街 朝焼けにうすく色づき なんとなく気持ちのいい 笑いを浮かべてる」「河が海にそそぎ込むように 大きな君の愛の中に 幸せを見つけた」「今までの僕の旅は 地図もないその日限りの 風まかせだったけれど これからは 帰る港がある」

2)港に架かる橋
・伸びやかで、リラックスさせてくれる音楽。早くもなく遅くもないテンポとリズムが、とにかく心地良い。
・「いつまた君に会えるか 気が気じゃないのさ 静かに暮れる町の灯 このままでいればいい」「港に架かる橋に たどり着く前に」

3)朝は好きかい
・キリスト教活動のパートナーでもある奥さん(高叡華さん)の作詞。これまた、朝、できればリゾート地のホテルのベッドの上で聴けたら最高だろう。
・「闇を追いかけ朝が 世界の夜明け告げる 風が運ぶときめき 耳をすまし聞こえてくる」「何か素晴らしいことが起こりそう ねぇ君 朝はすてき ねぇ君 朝は好きかい」

 以上が、アルバム5枚の紹介である。結果的に、今の彼の主流となっている現代的キリスト教音楽=コンテンポラリー・クリスチャン・ミュージック=CCMのアルバムが最初の1枚だけになってしまったのが、やや心残りで、「People」の代わりに「Peace?」入れるべきか、など悩んだが、なるべく大衆向け?にバラエティに富んだアルバムを推奨したい意図から、今回の選盤となった。

 さて、この「T's Selection人物編」も、いよいよ種切れの感が濃く、アウトソーシング中の「長渕剛編」も納入の目途立たずで、次回作の成算はない。
 
 その筋の専門家(大ファン)であられるH管理人さんさえその気になってくれたら、「友川カズキ編」の登場が待たれる・・・ところではあり、実は管理人さんからアルバム5選の推薦メモ紙は頂いている。が、何しろ難解だし、聴くのに忍耐が要る<苦笑>。なにしろ「まともな精神状態では聴けない=フォークの狂人」ですから!

<2016年12月記>