あがた森魚編

 人物編20回目は、奇妙奇天烈、空前絶後、稀有壮大、透明秀美、と形容表現からしてまるで難しい「フォークの怪人」あがた森魚さんです。この人のイマジネーションは群を抜き、人間並みではない。「妄想大王」という呼称も捧げたい。そして、半端ないパッションは爆発的・宇宙的で、唯一無二である。ジャンルを超越した個性も際立っており、頭の中を覗いてみたくなる。
 この人のアルバムは、変名名義のものを含め数多ある。その全てを聴いたとは言わない、ことを先ずもってお断りしておく。ただし、今回かなりのアルバムを聴き込んだ。
 この人は、一般に「赤色エレジー」の、汚いなりと下駄姿ですすり泣くように歌う姿が認知されており、かくいう私も、基本的にはその延長線上で、あまり好きな人ではなかった。その後当HPの管理人さんのフェイバリット・アーティストであることを知り、驚きとともに改めて聴いてみようか、と思い立ったのが云十年前のこと。
 この人の良さは、コンセプショナルなテーマ設定に基づき、統一性のあるアルバム作品を産み出す、巨大な構想力と天然のロマンティシズムにある。収録音楽だけでなく、アルバムジャケットやおまけまで含めた総合芸術である。そして、はっぴいえんど人脈(細野晴臣等)とはちみつぱい人脈(鈴木慶一等)という当時最強の音楽集団がバックに居たことも特筆すべき点である。
 従って、その音楽性は高く、多くの作品が脆くも美しい中に凛として屹立している。そして、不可思議な歌詞、奇妙な調べで、聴き手は巨大迷宮をさすらい、時空を超えることになるのである。

 

1.噫無情(レ・ミゼラブル)('74年作品)
・ベスト1は、そのアルバムの統一性において世界最高峰にある「金字塔」のこの作品。前作(乙女の儚夢)の大正ロマンから、時を昭和初期から戦前に移し、独特の世界観を見事に染め上げた傑作アルバムである。松本隆のプロデュース力も光る(この当時何枚の名盤を作ったことか)。

1)大寒町
・ムード満点の名曲。ノスタルジックでありながらスケールの大きな作品で、あがたの作ではないが、このアルバムの気品を一段と高めているスタンダードナンバーである。
・「大寒町に ロマンは沈む 星に乗って 銀河を渡ろう かわいいあの娘と 踊った場所は 今じゃあ 場末の ビリヤード」

2)永遠のマドンナK
・KはキネマのKであり、初恋の人のKであり、もしかすると空想力のKかもしれない。アルバムを通して矢野誠の編曲の功績も大きい。
・「Kと云うイニシャルだったね 想えば哀し はつ恋のひと キネマの銀の絹の嵐をくぐり抜けて 今日からバルセロナへ翔んでいくのよって 哀しく微笑み 仄かに消えたよ」「約束は約束さ きっと守るよって」

3)最后のダンスステップ(昭和任侠伝の歌)
・緑魔子のナレーションが「私の名は朝子です 齢は十八 身長は163センチです・・・」と可憐に読み上げられ、バイオリンの音色が出色のレトロなダンスミュージックに突入する。
・「今宵限りのダンスホール あなたのリードでステップ踏めば お別れするのに夜会服が 何とか くうるくうると」「踊ろうか 踊りましょう どうせ今宵限りぢゃない」

4)テレヴィヂョン
・あまりにも素晴らしいこのアルバムから特別に4曲目。映画(蒲田行進曲)から入ったこのアルバムが、ラヂオを経て、最後にテレヴィジョンに到達する構成の締めの1曲。 連合赤軍やアニメ主題歌、スポーツ実況などの懐かしいナレーション(効果音)をバックに、センチメンタルな曲が「明日ゾ 昭和ノ 御世 嗚呼 テレヴィジョン」と歌い上げる。

 

2.永遠の遠国('85年作品)
・第2位は、なんと8年以上の制作年数を費やし苦難の末に産み落とされたこの作品。タイトル通りだが、時空を超えた殆ど宇宙的な一刻が味濃く味わえる。流石は一世一代の渾身作だけあって名曲揃いの豊潤作である。そしてひたすらに美しい。こんなとんでもないアルバムを作れるのは、あがただけだ。管理人さんによれば大正浪漫から昭和浪漫を経て「永遠時代」を歌ったものだとか。

1)いとしの第六惑星
・ぷくぷくという泡の優しい調べに乗って、えも言われる異郷への旅に連れ出される感触。ユートピアへのいざないとも言え、癒しの歌としても最高傑作ではないか。なんと11分強に及ぶ大作であるが飽きることはない。
・作中に阿蘇の鉄道の駅名が連なるが、家内が熊本出身と言うこともあって、不思議な感覚に襲われる。
・「もう忘れかけた 霜降る 月待てば 今 船が沈む 時の胸に」「帰りたくない 帰りたくない 君の唇奪う 言葉を しゃべるとこへは 帰りたくない 帰りたくない」

2)春の嵐の夜の魔術師
・清純度抜群のラブソング。この清冽なまでの美しさに、切ない中にもうっとりするほかない。
・「昔私はバレリーナ だから心のドレスがいまもゆれてる 今は一人 いつもあてなし 春の嵐の夜の手品師 私の心の 誰にも見せない青い小筐 だから今 は何も云わずじっと抱きしめて 明日は全てが判るもの あなたが夢みた全てのものが」

3)仁丹塔の歌
・大貫妙子の美声版とあがたの切ない歌唱版が2曲入っているが、特に前者は、透明感高くステキな歌に。
・「しあわせはどこにでもある 仁丹のつぶの中に 二人の愛のためいきの中に ときはふりかえってほほえむんだ」「かなしみは どこにもない 空の青い高みに 二人の愛の語らいの中に 時はそれをはぐくむ」

 因みに、「永遠の遠国のうた」は以下のように歌われる。
・「永遠に笑わない 永遠に唄わない 永遠に歩かない 永遠に眠らない 永遠に呪わない 永遠に祈らない 永遠に終らない 永遠の遠国へ 永遠に遊ばない 永遠に忘れない 永遠に焦がれない 永遠に悔やまない 永遠に帰らない 永遠の遠国へ」

 

3.ヴァージンVS詩集<ヴァージンVS>('89年作品)
・あがた森魚は、80年代に突如ヴァージンVSなるバンドのボーカルA児としてニューウェイブないしテクノポップに転向した。
・何枚かユニークなアルバムを残しているが、今回はベスト盤でもある本作を選抜。

1)ウィンター・バスストップ
・私はこの歌にはまってしまった。リフレインが頭にこびりついて離れない名曲。舞台は小樽だろうか。幸せの絶頂に居るかのような仲の良い恋人同士の時間を共有できる。
・「ウィンタ ウィンタ ウィンタ バス ウィンタ ウィンタ ウィンタ・ バスストップ」「冬の坂道 バスストップを 二人並んで いくつも歩いた ポプラの並木 ふるえていたけど 僕らは並んで いくつも歩いた 港の灯り 星の煌めき・・・」

2)さらば青春のハイウェイ
・ノリの良い、ヴァージンVS.らしい歌。アニメのテーマソングとしても知られている。
・「真夏の光にはじけるビルディング 青空めがけてジャンピングジャックローラー TOKIMEKI 微笑 グッドバイブレーション」「誰もがいつでも走ってる 青春のハイウェイを走ってるのかい」
・1曲前の「ロンリー・ローラー」も同じくらい良い。

3)百合コレクション
・もしかして、これこそが最高かもしれない。その後も代表曲として再演され続けている名曲。独特のセンチメンタリズムとロックの精神が合成されて、スケールが大きくかつPOPな1曲として完結している。
・「夜毎 夜毎 夢に咲く百合の君 百合から百合へささやく花言葉 高原の停車場の 汽笛ふるわせて 夢うつつのまま触れたるつぼみを 抱きしめて オペラホールの丸屋根の上で 視つめていましたね・・・」

 

4.日本少年('76年作品)
・第4位は、「日本語のロックを代表するアルバムの一つ」とも評されるこのアルバム。冒険譚と旅情と異郷への憧憬を織り交ぜながら、起伏に富んだファンタジーの世界が、無国籍で繰り広げられる。聴き手は、未経験の記憶をくすぐられることになるのだ。細野晴臣と多彩なバック陣の貢献大。

1)夢見るスクールデイ1
・明るくてご機嫌な前奏とともに、子供時代の夏休みの想い出が綴られる。アルバム内で1から3まで繰り返されており、いわばこのアルバムのテーマ曲となっている。
・「遠い銀の海 夢見るスクールデイ みんなの夏休み 夢見るスクールデイ 段々畑を どんなに泳いでも だんだん海の底 だんだんドリームデイ」「遠い金の国 夢見るスクールデイズ そこまで夏休み・・・」

2)函館ハーバー猫町ホーボー
・イントロとサビがかわいい佳曲。ユーモアとノスタルジーが混じり合ったようなあがたワールドが全開である。港町で生まれ育った彼の出自も反映されている。
・「防波堤の向こうに 涙ぐむ 函館ハーバー 日暮れ時 人待ち顔で凪いでいる 猫町ハーバー 昼寝時 函館ハーバー 横浜ハーバー 長崎ハーバー 猫町ハーバー 小樽のハーバー 神戸のハーバー 天草ハーバー 猫町ハーバー」「おいらはマドロス 船乗り ポパイだぞ ここいら波止場で 寝過ごしちゃいられない」

3)ラ・クカラルーチャ
・息子が小4?くらいの夏の家族旅行で、「楽に入っちゃう 楽に入っちゃうゴキブリ専用 早く入っちゃう 早く入っちゃう ゴキブリマンション・」のナンセンスな歌詞と楽しい音楽に、クレヨンしんちゃんよりも受けて車内が笑いに包まれた想い出の歌。思えば、その秋にH管理人さんとの趣味の一致を知って、本HP開設の序章ともなった。

 

5.日本少年2000系('99年作品)
・第5位は大いに迷ったが、この作品。久々のダブルアルバム、かつ日本少年と名乗るだけあって、力の入った佳作。元祖「日本少年」が波乱万丈(ハチャメチャ?)の物語だったのに比べると、この続編は大分落ち着いており、いわば成熟した20世紀航海日誌が展開される。

1)パタゴニア・パンタンゴ1999
・どこか南国(パタゴニアだから南米だろうが)のジャングルのさざめきの中から、不可思議な音色とともに新しい物語が展開される。郷愁が誘う甘美な誘惑がここにある。
・「南に廻る入り江 たそがれかけ 揺れる 密航船の窓 地図を照らす男たち 海に酔っちゃ波に口づけするシルエット マストの上で 見張り番をするのは 海のノマド 海丸ごと波にさらわれる 天国みたいな浮かぶ要塞」

2)あこがれそして港
・久々にヴァージンVS名義によるノリノリの楽曲。
・「湧き立つ白雲に うれしさこらえて だからいたずらに だからいたずらに 笑っていられたよ」「ただただ その日のことは だからだから その日のことは もう許してほしいよね 僕も変わってしまったのだから」

3)Long Long Sea Sick Blues Again (Patagonia Mix)
・ラテンムードの演奏のバックで、細野晴臣と思しき声が、「バリ島では夕方・・広場があるんだけど 廻りがジャングルで 円形の広場で・・夜6時きっかりに・」とぼそぼそ入ってる。
・歌詞はないが、なんとなく選曲。


 以上が、アルバム5枚の紹介である。ベスト盤としては、「20世紀漂流記」がお勧めである。いずれにせよ、あがたワールドの限りない透明感、浮遊性を堪能されたい。

 さて、この「T’s Selection人物編」もさすがに種切れの感が深く、次回作の目途は当面立たない。
 
 今回、あがた編の執筆を固辞されたH管理人さんさえその気になってくれたら、「友川カズキ編」の登場が夢想されるところなのだが・・・。

<2016年1月記>