夕暮れ近いバス停


 夕暮れ近いバス停に一人立ちん坊していると、びゅうびゅうと春のあったかい風が吹きつけていた。

「桜まつり」と書いた安っぽいピンク色した桜の飾り物が妙に懐かしくてうれしい。それが引きちぎられでもしないかと心配するほど、風に引っ張られている。長い冬の間に、街がすっかり引っ込み思案になってしまった。それで、無理やり腕をつかんでおいでおいでしているみたいだ。
 昨日は退社して行く女子社員きりんちゃんの送別会で、終電近くまで大騒ぎした。今頃になって「好きだったんだ」と叫んでいる大学生のバイト君がみんなの集中攻撃を浴びて泣き出した。でも、最後にきりんちゃんと二人で話せて良かったな。この時期は何かと別れの多い季節だ。

 バスはなかなか来ない。そして、いつもこの辺りに転がっている野良公がいない。
 野良公よ、今夜はお前に会いたかった。あさって僕はこの街とサヨナラする。だから、お前の顔も見納めだ。お前が食べたキャットフードは全部きりんちゃんがコンビニで買ったものだよ。少しでも恩を感じるなら、彼女の第二の人生の幸福を祈ってやれよ。思えばこの土地は高速の下、騒音排気ガス悪臭、おまけに神田川ときたら断りもなく、何度となく家の敷地に入り込んで散々暴れ回りやがった。
 ところがだ、野良公よ、お前も同じのはずだ。僕はこの街が大好きなんだ。昼休みになると、あっちこっちの小さな会社から、緑の作業着たちが煙草ふかしてどっと弁当を求めて道を埋める。そして楊枝をくわえて路上でキャッチボール。パチンパチンというミットの音が大好きだった。騒々しいこの街が、僕には妙に居心地良かったよ。ちょっと歩けばマルナカもある。あの中華そばをそう簡単には食べにいけなくなるんだね。ああ、あのシャイな店長の背中が寂しい。でも、サヨナラなんて言葉は今まで何度繰り返して来たろう。小学校だって5校も行ってたくらいだ。だからいつまでも感傷にふけってはいない。けれどもそれは一つのケジメ。オレは住み慣れた部屋から鉄の錆びた外階段、前の路地、四角い郵便ポスト、角の薬屋の土ぼこりのカエルと、こうして順々に別れを告げて、今ここまで辿り着いた。

明日はこの道を通らない。だから、お前に会いたかったのさ。お前は僕ときりんちゃんとの思い出の証人でもあったわけだ。さよなら、野良公、きりんちゃん。

 

 どこへ行ったのだろう 遠く遠く遠く
 誰もが歩いた 夢の彼方の星は
 なぜあの日 僕と君はそこにいたの?
 約束をまた見つめ直すために?
 新しい宇宙を分かち合うために

 キットキット
   旅立ってった君にも
    これから出会う君にも 
     この両手で抱きしめて
      サヨナラは言わないよ

    キット遠くで
     キット会えるよ
       キットキット