ついてない日、根岸坂下のバス停で夜のバスを待っている。
ミルク色の満月がぽっかり浮かんでいた。こんな日は何か起きるっていうが。
日曜日の寂れた県道と工業団地の長いコンクリート塀を見ながら待つこと15分。やっと夜のバスがゆらゆら迎えに。
体をステップに押し込もうとすると、白いマスクの運転手がじろりと見た。眉間に皺をよせて鋭く。
中へ逃げ込むと、一番奥の席にしか客はいない。
ただテレサテン似の主婦が赤子を抱えて蛍光灯に照らされて眠っているだけだ。
がらんとしたバスの中でぶるぶる震えるエンジン音を聞きながら、僕は今日一日のことをとめどなく思い出していた。いったい人はどうして忙しく面倒なことに追い回されるのか。
夜のバスが僕を乗せて走る
広い窓もただ黒い壁だ
何もかもが闇の中に
ただ夜のバスだけが矢の様に走る
夜のバスの揺れは、風のない日の小舟の揺れだ。
激しい睡魔。
落ちて行く。
堕ちて行く?
このバスは何処へ行く?
分からない。すべてはあのマスクの男に委ねている。
人がこの箱の中でどうあがこうとも、気付いた時には髪も歯も抜けてしまって老いさらばえた自分が居るのかもしれない。
眠ったままで生きていると、それくらい素早くこのバスは駆け抜けてしまうのだ。
眠ってはいけない。
ボタンを押すんだ。今すぐにだ。